2021
08.10

世界のオリンピック選手支えた「Kaatsu(加圧)」トレーニング 寺での正座の痺れに着想

国際ニュースまとめ

<仏事での脚の痺れから誕生した加圧トレーニングが、アメリカやイスラエルなど各地で流行している> 8日に閉幕した東京オリンピックは、メダルラッシュをもたらした日本勢も含め、各国のアスリートたちが熱戦を繰り広げ記録とドラマを残した。花形の陸上では、進化したトラックによる好記録も話題だ。一方で競技全般に目を向ければ、選手たちの鍛錬を支えてきたもののひとつに、日本生まれのトレーニング法がある。昨今海外でもプロアスリートたちが取り入れはじめている、Kaatsu(加圧)トレーニングだ。 スポーツ界には、特定のトレーニング法や回復法などの流行がある。2016年には水泳選手たちの背中に赤い円形の痕が多く見られ、明らかに中国のカッピングがブームとなっていた。今回の東京大会では、血流を阻害することでトレーニング効果を高める加圧トレーニングがトレンドになったようだ。ニューヨーク・タイムズ紙は「今年ホットなのは(加圧で使われる)止血バンドだ」「東京大会を控えて流行りはじめた」と紹介している。 今大会の競泳男子4×100mメドレーリレーでは、22歳のマイケル・アンドルー選手がアメリカに金メダルをもたらした。アンドルー選手は、5年前から加圧トレーニングに取り組んでいる。練習と競技の前後、両脚の付け根付近にベルトを装着し、運動効果の向上と回復促進を図っている。 加圧トレーニングを行うマイケル・アンドルー選手 ほか、男子マラソン決勝8位のゲーレン・ラップ選手や、メッツのノア・シンダーガード投手、アルペンスキーのミカエラ・シフリンに飛び込みのローラ・ウィルキンソン選手など、愛用するプロアスリートは多い。アメリカ以外では、東京五輪に参加したイスラエルの水泳チームなどが疲労回復とリハビリに取り入れている。 正座での苦い体験がヒントに あえて血流を遅くすることで効果を高めるというユニークな加圧トレーニングは、誕生の経緯も独特だ。発想のヒントになったのは正座だ。考案者の佐藤義昭氏は1966年、寺での仏事に参加していたところ、長時間の正座によってふくらはぎが痺れてしまった。45分ほどの正座に耐えたあとで立ったとき、まるで競技をこなした後のようにひどく脚がむくんでいたという。このことから佐藤氏は、血流制限と運動効果に関連があるのではないかという発想に至る。 そこで氏は自身の身体を使い、意図的に血流を絞った実験に着手した。身体のあちこちにさまざまな種類のベルトを装着し、7年をかけてその効果を確かめていく。1973年にスキーで足首を骨折すると、加圧によるリハビリ効果を試す好機だと考えた。周期的に空気で膨らむベルトを装着し、血管の圧迫と解放を繰り返す「加圧サイクル」を初めて試したところ、全治4ヶ月の怪我が1ヶ月半ほどで回復したという。米ウォール・ストリート・ジャーナル紙はこの逸話を取り上げ、「近所の人々がこの話を聞きつけると、助けを求めて彼の元を訪れるようになった」と伝えている。 ===== にわかに信じがたい効果だが、その作用は専門家も認めている。理学療法士のニコラス・ロルニック博士はCNNに対し、「血流抑制を行いながらの運動は、筋肉の量と強さの増強、痛みの緩和と回復促進、有酸素能力の改善と運動パフォーマンスの強化などの目的で行われている」と説明する。また、ニューヨーク・タイムズ紙は怪我の予防にも効果的だとし、「反復運動過多損傷のリスクを低減し、回復を早めることができる」と解説している。 脳の錯覚で効果を高める 加圧トレーニングが高い効果を生み出せるのは、血液の滞留によって脳の勘違いを引き起こすためだ。その詳細なメカニズムを、target=”_blank”>サイエンティフィック・アメリカン誌が解説している。加圧トレーニングは、静脈の血流を制限する「オクルージョン・トレーニング」と呼ばれるテクニックの一部に分類される。 オクルージョン・トレーニングを行うと、体内から心臓へ戻ろうとする血液の流れが遅延し、本来回収されるはずの乳酸がより長く筋肉に滞留することになる。すると血中の乳酸濃度の上昇を脳が検知し、あたかも非常に激しい運動を行っているように錯覚する。これにより、筋肉の増強や回復の促進、そして痛みの緩和などに寄与する各種物質をより多く分泌するよう、脳は指令を出しはじめる。体内ではふだんから、一酸化窒素や成長ホルモンなど有益な物質が分泌されているが、こうした物質の生成がより活発化するというしくみだ。 考案者の佐藤氏は2020年、研究者と共同で加圧トレーニングに関する論文を執筆し、応用生理学の学術誌である『ジャーナル・オブ・アプライド・サイコロジー』に掲載されている。少人数のグループを対象に加圧トレーニングを施し、強度の低い運動に加圧を組み合わせることで、血中の乳酸濃度が上昇することを確認した。以降、米サウスカロライナ大学運動化学学部のショーン・アレント学長など、複数の研究者がその効果を確認している。 リハビリ現場でも重宝 脳の勘違いを誘発して運動効果を高める加圧トレーニングは、リハビリの現場でも重宝されている。ロルニック博士はCNNに対し、痛みや術後の制限などの理由から、強度の高いリハビリを行えないケースは多いと説明している。加圧法は比較的低いトレーニング強度で大きな成果を引き出せることから、「血流制限トレーニングの浸透により、通常の条件で身体を動かすことが不可能な人々でも、ほぼ不可能であった期間内でさらなる強度と筋肉量を得る機会が生まれる」と博士は述べている。 なお、高血圧や血栓ほか、一部の既往症がある人には加圧トレーニングは向かない。また、神経の損傷などが起きる可能性があるため、専門家の指導を受けながら正しい方法で進めることが必要となる。 ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、加圧法は筋肉量の増大だけでなく、脂肪の燃焼にも効果的だと報じている。仏事の正座のしびれから誕生した加圧トレーニングは、世界のプロアスリートたちだけでなく、リハビリに挑む人々やごく一般的なスポーツ愛好家など、多くの人々の支えとなっているようだ。

Source:Newsweek
世界のオリンピック選手支えた「Kaatsu(加圧)」トレーニング 寺での正座の痺れに着想