08.05
【モデルナCEO独占取材】mRNAワクチンはコロナだけでなく医療の在り方を変える
<驚異的な速さで新型コロナワクチン開発に成功したバイオベンチャー企業モデルナのCEOが語る、mRNAの可能性と癌治療の未来> ステファン・バンセルが「社員2号」として米モデルナに入社して10年、同社は新興企業から時価総額890億ドルの世界的企業に成長した。記録的な速さで開発された同社のCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)ワクチンは、6000万人近いアメリカ人に投与されている。バンセルは6月、本誌英語版の発行元ニューズウィーク社のデブ・プラガドCEOとズーム(Zoom)でテレビ会談を行い、今後のメッセンジャーRNA(mRNA)研究への期待と癌治療の未来、COVID-19ワクチンの追加接種が必要になる可能性について語った。 ――あなたはモデルナに入社する前、仏ビオメリュー社のCEOとして従業員数千人、売上高数十億ドルの企業を経営していた。2011年に2人目の社員としてモデルナに移ったのは、どう見てもリスクの高い行動だった。何があなたを動かしたのか。 とてもシンプルだ。mRNAが安全で効果的な医薬品として使えるようになれば、医療の世界を根底から変えることができる──当時の私はそう考えた。mRNAが使えれば、生命科学で50年前から使われている遺伝子組み換え技術を活用できる。さらにmRNAは細胞内に入り込めるので、細胞の内部や細胞膜でタンパク質を作ることもできる。それによって、DNAに含まれるタンパク質の約3分の2を作れる。 この種のタンパク質は従来の技術では作れない。だから製薬会社が50年前から利用してきた低分子化合物を使い、これまで開発できなかった薬を開発できれば、生物学の可能性が一気に広がる。それを安全に実現する方法を発見できれば、医療を根底から変えることになると考えて、やってみることにした。 ――モデルナのワクチンは世界を変えつつある。成功の秘訣は何だったと思うか。 まず、優れた科学に徹底してこだわったことだと思う。最初の2年間は資金もなかったので、小さな試行錯誤の連続だった 創業から2年後、アストラゼネカ社と大型パートナーシップ協定を結び、前払いで2億5000万ドルの現金が手に入った。そのおかげで質の高い研究ができるようになった。自分たちで実験して、何かうまくいかないことがあれば、チーム全員を集めてブレインストーミングを行い、予想どおりの結果にならなかった理由を議論した。 実験をするのは、うまくいくことを期待しているから。うまくいかないのは、実験前に立てた1つまたは複数の仮説が誤っていたからだ。 ===== モデルナのバンセルCEOはベンチャーらしいスピード感でワクチン開発を先導する Scott EisenーBloomberg/Getty Images そして誤っていたことを証明するためには、何が必要なのかを見つけ出さなければならない。そうすることで、科学についての見方、やろうとしていることについての考え方を変えることができる。私たちには極めて質の高い科学が必要だった。そしてもう1つ、私たちは長期的な視点に徹底してこだわった。 ――今の説明は「プラットフォーム企業」としてのモデルナにもよく当てはまると思う。貴社のプラットフォーム研究担当責任者メリッサ・ムーアは、モデルナを多くのアプリ(ワクチンや治療薬)が動作可能なiPhoneに例えた。(mRNAを利用した)モデルナのプラットフォーム上で何種類のワクチンや治療薬を開発できるのか。 どのような時間軸で考えるかによる。私たちの創薬手法によって、数種類のワクチン開発がとてもうまく進んでいることが最近6~9カ月で分かってきた。 私たちはこのようなワクチンを何千種類も作れると考えている。利用する技術は全く同じ。メッセージに書かれた生命の4文字(DNAの塩基配列)を、ソフトウエアの0と1のように変えるだけだ。 このやり方で別の種類のワクチンも作っている。現在開発中のワクチンは9種類。まだ臨床段階に達していない研究室レベルのワクチンも多くあり、間もなく発表の予定だ。私たちはワクチン・ビジネス全体を完全につくり替えることになると思う。 治療薬の分野では、肝臓に入って肝臓の希少な遺伝性疾患を治療する薬から、癌や心臓病の薬まで、5種類を開発中だ。私たちは米バーテックス・ファーマシューティカルズ社と共同で、mRNAを口から肺に入れる研究にも取り組んでいる。 数週間前には、mRNAを静脈から体内の幹細胞に送り込む新しい薬物送達システムを開発したと発表した。臓器再生や自己免疫疾患の治療などに画期的な進展をもたらす可能性があり、大いに期待している。 個人的には今後10~20年以内に5~15種類の「新薬ファミリー」が登場する可能性は高いと考えている。各ファミリー内には10~40種類の新薬が含まれる可能性がある。つまり、これは非常に幅の広いプラットフォームであり、今後10~30年で医療の在り方を一変させると思う。 COVID-19ワクチンが注目されたおかげで、これまではワクチンの話をする機会が多かったが、私が現在強い関心を持っているのはVEGF‒Aという治療薬だ。これはDNA内のタンパク質にちなんで命名された薬で、心臓発作を起こした直後の心臓に投与する。 ===== ――あなたは数十年ではなく、数年以内に癌を治せるようになると言っていた。mRNAは癌の治療にどう役立つのか。 この10年間、2つの驚くべき科学的発見があったと私は考える。この発見は既に製薬業界の癌に対する見方を変えている。1つ目は、癌はDNAの病気であるという理解が十分に進んだこと。癌細胞は基本的に「異常な」細胞のことであり、DNAに突然変異が起きて自然な細胞、健康な細胞とは違うものになる。 2つ目の発見は、白血球の中のT細胞が(テレビゲームの)パックマンのように癌細胞を食べることだ。 この2つの発見で、業界全体が大きく前進している。科学の基礎的な発見を基に、医薬の応用として何ができるかが見えてきた。まさに今、私たちはそれを実現させようとしている。現在は5つの薬の臨床試験を進めている。 その中に、ワクチンを使って、免疫システムが見失った癌細胞の目印を教えようという試みがある。体内に出現した癌細胞を免疫システムが食べることができなくなって、癌を発症するのだ。 病気として発症しなくても、全ての人が生涯に何回も癌になっている。健康で、よく眠り、よく食べて、健康な免疫システムを維持していれば、癌細胞を早いうちに、パックマンのように食べてしまう。そうすれば、大きな腫瘍細胞に成長することも、転移して全身に広がることもないだろう。 そこで、癌ワクチンを使って、癌の突然変異を免疫系に教え込むというアプローチがある。癌細胞のDNAの遺伝子変異は、例えば離婚や子供を亡くすなど、人生で大きなストレスを経験したために免疫系が気付かなかった変異だ。人生で何かトラウマを経験してから10年後に、癌になることも多い。 私たちが行っているもう1つのアプローチが、mRNAを腫瘍に直接注入して、腫瘍内でタンパク質を生成しようというものだ。ただし、非常に強力で厄介な分子のため、通常の静脈注射で全身に投与すると、かなり深刻な状態になる。しかし、腫瘍に注入すれば、ごく局所的に投与できる。生体検査の組織採取のような手法だが、針を引き抜くのではなく、物質を腫瘍に押し込む。 私たちのmRNA医薬品とほかの癌治療薬を組み合わせて、癌患者にとってよりよい反応を得ようとしている。「治す」という言葉が当てはまるかどうかは分からない。私たちの業界では非常に繊細な言葉だ。 しかし、癌になってもかなり健康的な生活を送ることができる、そういう治療の段階には進めるだろう。癌が治る人もいるかもしれない。免疫療法がうまくいって、実際に治る人もいる。あるいは糖尿病と共存するように、癌と共存できるようになるかもしれない。 ===== ――そうしたことが実現して人々の手に届くまでに、あとどのくらいかかりそうか。 (一般の人の元に届くのは)これも数十年ではなく、数年という話だ。業界では既に素晴らしい薬がたくさん出ている。 ――新型コロナの話を。19年12月から20年の初めにかけて、中国のコロナウイルスに関する報告が届き始めた。あなたはまず何を考えたか。 SARS-Cov-2──当時は名前さえなかったが、中国から来たこの新しいウイルスは、当初はSARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)のようなアウトブレイク(爆発的拡大)になるだろうと思った。非常に短命で局所的なものだろう、と。 だから最初は、私たちの技術のスピードを考えたら役に立てるだろう、試みる価値はあると判断した。コンピューターを使って48時間でワクチンを開発し、マサチューセッツ州の工場で製造して、60日後の3月16日から(米国立アレルギー・感染症研究所長のアンソニー・)ファウチ博士のチームと協力して臨床試験を始めた。うまくいけば役に立つだろう、そういう見通しだった。 会社として見解が変わったきっかけは、私が20年1月25日の週にダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)に行ったこと。2人の素晴らしい感染症の医師のそばに1週間いた。(医学研究支援団体の)ウエルカム・トラスト財団会長のジェレミー・ファラー卿と、(国際的な官民パートナーシップの)感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)を率いるリチャード・ハチェット博士だ。 まず、彼らが自分たちのネットワークから得ているデータは、私たちがメディアで知る中国のデータよりはるかに深刻だということがよく分かった。さらに、ウイルスがかなり多くの国に広がっていることは明らかだった。潜伏期間は7~14日間で、既に世界中に存在している可能性が極めて高かった。 私もグーグル・フライトで確かめたが、(武漢から)アジアとヨーロッパの主な首都や米海岸の大都市に飛行機が飛んでいた。そして(変異する前の)オリジナル株は若年層が感染し、多くが無症状だと報告されていた。既にウイルスは地球上のあらゆる場所にいて、呼吸器系のウイルスだから急速に広がっていることは明らかだった。拡大のスピードに関しては、最悪の部類だ。 私たちは社会的な動物であり、共に時間を過ごす。しかも冬は室内で過ごす。だから会社として、「アウトブレイクのために協力しよう」という段階から、「大変だ、1918年のようなパンデミック(感染症の世界的大流行)になる」という態勢に切り換えた。世界にとって非常に長く苦しい戦いになるだろうから、薬をできるだけ早く開発するためにチームを結成した。 ===== ウイルスは武漢の研究所(写真)から誤って流出した可能性も FEATURECHINA/AFLO ――最近は、ウイルスが武漢の研究所から誤って流出した可能性が高いと報じられている。本誌は20年4月に、この可能性をいち早く報じていた。それについてどう思うか。 可能性はあるだろう。今の段階では、何が起きたのか確信できるデータはない。 しかし可能性として、ウイルスは動物由来かもしれない。中国では生きている動物が市場にたくさん出回っていて、人間のすぐ近くにいる。生きたまま連れて帰り、何日も何週間も家で飼うこともある。ウイルスが種を飛び越えるという意味で、好ましくない状況だ。 もう1つ言えるのは、P4(病原体レベル4)研究所の存在だ。世界最高水準のバイオセキュリティーを備えた研究所だ。そして、人間は間違いを犯す。どんな仕事であれ、人間はミスをする。 ――研究所で重く複雑な防護服を着て作業をしていた技術者が誤って防護服を傷つけ、気付かずに感染する可能性は? 世界中どこでもあの手の研究所ではその可能性はある。感染して帰宅し、家族にも感染を広げるかもしれない。潜伏期間のせいで感染していることにさえ気付かないせいだ。それから1~2週間ひそかに感染が広がっていく。冬に一部の若者に風邪のような症状が出ても、誰も驚かないだろう。入院するケースが複数出るまでさらに2週間、まずい状況だと気付かれないまま感染が拡大する可能性がある。その頃には既にウイルスが研究所の外に広がってパンデミックが起きている。 だから可能性としてはある。武漢の研究所での人為的ミスでウイルスが流出したと確信できるか。あるいは市場から広がったという説か。どちらかがより信憑性があると考えるに足るデータはない。だが可能性としてはイエスだ。 ――新型コロナの感染拡大が起きていなければ、モデルナの事業展開はどのような経緯をたどっていたか。 コロナ前の計画では24~25年に初のワクチン、サイトメガロウイルス(CMV)ワクチンを発売する計画だった。CMV感染による先天性異常の頻度は、アメリカをはじめ世界各地でダウン症を上回ってトップだ。本来なら臨床試験を開始してより多くの薬を臨床の場に送るのは数年先のことで、そのために1年か1年半か2年ごとに資金を調達していただろう。商品化して成功している他のバイオテック企業は、どこもそうしている。 ===== アルナイラム(・ファーマシューティカルズ)がいい例だと思う。同社が取り組んでいるのはRNA干渉(RNAi)技術といって当社とは逆の技術、タンパク質を生成するのではなくタンパク質の生成を抑える方法だ。アルナイラムは希少疾患の治療薬開発に特化し、4製品が承認済みだ。創業して20年。大体、私が先ほど説明したようなこと(臨床試験や資金調達など)をやった。 だから可能だとは分かっていたが、計画はなかった。パンデミックは想定外だったからだ。 ――つまり新型コロナがモデルナを変えたわけだ。今後4~5年で実現したいと思っていたことを一気に加速させた。 想像がつくと思うが非常に濃密な1年半だった。非凡なチームワークをたたえたい。私たちはこの1年半、プライベートを犠牲にして週7日、(ワクチンを現場に届けるために)頑張ってきた。みんな責任感が非常に強かった。もっと頑張れと私がハッパをかける必要は一度もなかった。 人類は実に驚異的だ。他者を守る、助けるといった意識が種として非常に強い。 このチームを率いてきたのは大変な栄誉だ。問題を特定し、優先順位を決め、難しい決断をしなければならなかった。AとBとCをやりたいのに、AかBかCのどれか1つしかできないからだ。チームと共にそれぞれのメリット・デメリットを理解しているかを判断し、決断を下すのも経営の一環だ。危機に際して、優柔不断は命取りになりかねない。 ――モデルナは今回のパンデミックに終止符を打つのに重要な役割を果たしている。それについて、あなたや経営陣はどう感じているか。 私たちはまだ仕事をやり遂げることに集中している。まだ終わってはいないのだ。先週末ボストンの街を歩いて妻と食事をした。マスクなしで外出し、共に過ごし、ハグを交わし、食事をし、以前の生活を取り戻している人たちを見て、感動した。実に素晴らしい気分だった。 だが、仕事はまだ終わっていない。中南米では依然ひどい感染拡大が続いている。東南アジアも同様だ。周知のとおりインドもこのところ悲惨な状況に陥っている。イギリスはデルタ株の感染拡大に気をもんでいる。私たちの仕事が終わるのは世界中でワクチン接種が完了したときで、それは22年後半になるだろう。今年中というのは絶対に不可能だ。とにかく製造施設が足りない。 ===== モデルナは変異株特化型「ブースターショット」も視野に入れている CARLOS OSORIOーREUTERS ――変異株のいずれかが進化して現行のワクチンが効かなくなる恐れはあると思うか。 極めて深刻なリスクだと思う。今後どんな変異株が出てくるかは、まだデータ不足で分からない。とはいえ、新たに出てきた変異株の一部、例えばデルタ株でも、ワクチン接種後に感染するケースが出てきた。イギリスでは多くの人がワクチンを接種している。アデノウイルスワクチン(主にアデノウイルスを「ベクター=運び屋」として使うワクチン)だ。イギリスのワクチンは大半がアストラゼネカ製でファイザーやモデルナのワクチンは一部だから。だが、半年前にワクチンを接種したのに感染した人もいる。インドでもそうだ。 (mRNAワクチンの効果が低下した際に追加接種する)「ブースターショット」が必要になると思う。できれば変異株に特化したブースターショットで、新しいコード、つまり1年半前に出現したウイルスの新たなウイルス循環を免疫システムに学ばせるのが理想的だ。 このウイルスは、ブースターショットとワクチン接種によってきっと制御できる。ただし繰り返すが、それにはまだ1年以上かかると思う。 ――インフルエンザワクチン同様、毎年接種が必要になる可能性は? その可能性はある。新型コロナウイルスが消え去ることはないだろう。定期的にブースターショットが必要になると思う。 当社が進めている期待のプロジェクトの1つは、新型コロナの変異株のブースターショットと季節性インフルエンザのワクチン接種を1回で済ませるというもの。地元のドラッグストアや開業医や小児科医で秋期に接種でき、秋冬を快適に過ごせる。それが当社の目下の目標だ。 ===== ILLUSTRATION BY ALKOV/ISTOCK
Source:Newsweek
【モデルナCEO独占取材】mRNAワクチンはコロナだけでなく医療の在り方を変える