10.23
企業の「本気」は有価証券報告書でわかる。「全部読んだ人」に聞いた日本企業の現在地【人的資本経営】
働く人たちに投資をし、人も組織も成長する「人的資本」の考え方は、社会の持続可能性と経済成長を両立させるサスティナビリティ経営にとって大切な要素です。
上場企業などでは、人材育成や社内環境整備の方針、女性の登用など、人材に関する情報開示が始まっています。2023年3月期決算から、有価証券報告書(※)への記載が義務化されました。
企業風土改革を手掛ける「Unipos」代表の田中弦さんは、3月期決算の上場企業2325社の有価証券報告書を仲間らと読み込み、得た知見を無料のウェビナーなどで公開しています。
報告書から見える日本企業の現在地、これからの人的資本経営のあり方とは──。田中代表に聞きました。
※有価証券報告書…金融商品取引法に基づき、上場企業などが事業年度ごとに外部へ開示する、経営状況などの資料。金融庁のEDINETから誰でも閲覧できる
──2000社超の有価証券報告を読み込み、ウェビナーを重ねておられますね
ボランティアにも手伝ってもらい、加えて僕ひとりでも、義務化以前の統合報告書約1000社、海外のレポート約330社を見ています。
こういった調査は、今まで日本の上位50社、100社だけを見ていたと思う。でもその会社が本当にすごいのか、悪いものも含めて全部見ないと、説得力がありません。全部調べて、全部オープンにしよう、と最初から決めていました。
これだけ調べた材料があれば、それを元に学習すればするほど、良い報告書が出来上がる。大事なのは開示のテクニックではなく、企業が経営のやり方を世の中に約束することです。皆さんの学習速度を効率的に上げて、世の中を変えたい。人的資本の価値を高めて、会社も日本も成長していく、そんな人的資本経営が広がるよう取り組んでいます。
──人的資本経営について、もう少し詳しく教えてください
従業員それぞれが自主的に、働く上で必要だと思うスキルやノウハウを身につける、つまり人的資本を高める心持ちになるよう働きかける経営であり、さらに、個人が持つ人的資本を束ねて、組織的な人的資本に変えていく経営です。
会社の中で手をあげて何か提案する人がいても、それが1割以下だと「やってもしょうがないよな」となる。ところが周りを見渡して3割ぐらいの人が手をあげていると、「私も」って、途端に自主性が上がるものなんです。
個人の心持ちと、会社の雰囲気とかカルチャー、両方を作っていくことが重要です。
──調べた結果を6段階でランクづけしています
私独自の基準を作って、2023年3月期決算企業の有価証券報告書を見たところ、全体の平均ランクは1.91でした。
全体で言えば、約50%が「1」という結果になっています。
「1」は女性活躍推進法、育児介護休業法に基づく数値の開示のみとなっており、人材育成や環境整備などに関する目標や指標が書かれていない企業です。近年重要さが増しているエンゲージメントスコア(※)や、従業員満足度調査の結果を開示した企業は、全体の約11 %でした。とても低い結果だと見ています。
海外では、主語が従業員
エンゲージメントに関してさらに言えば、海外の人的資本開示では、「このチームでは声を上げても大丈夫だと感じる」「自分の仕事に関する意思決定を任されていると感じる」のは「全従業員のうち何%」、というように、主語が従業員の形で語られています。一方で日本の場合、ほとんどは主語が会社。従業員満足度調査で10点満点中8点の人が何割いました、我が社のエンゲージメントスコアは何点です、と書いてあっても、それが経営戦略の実現にどう結びつくのかがよく分からない。
課題や理想を示した上で、それを人的資本でこう解きます、と記すことが大事です。
例えばメーカーさんで、「課題は上位下達のカルチャーだ」という場合、人的資本でどう解くのかというと、従業員の心理的安全性を高めて、意見を言えるようにする。そのためのKPIは何なのか、を考える必要があると思います。
また、業態、業種、会社ごとに課題は違うので、自社が成長していくための経営戦略と人事戦略が紐づいた設計になっていることが重要です。
※エンゲージメントスコア…従業員の企業への愛着や仕事への熱意、貢献意欲を示す指標
──ウェビナーでは、課題に対する人的資本を用いた解き方について、良い開示例を、企業名をあげて説明しています。
会社が理想とする姿と現状とのギャップを埋めていくにあたって、 リスキリングなど個々の能力を引き出す施策への投資と集団への投資を行い、その両方を通して、組織的人的資本を蓄積し、価値創造のストーリーをつくる。そこから目指すアウトカム(成果)を実現する。こうしたフレームワークを使い、国内及び海外の良い事例から具体的に学べば学ぶほど、非常に良い報告書が、スピードを上げて出来ると考えています。
これまで企業評価の軸が、業績だったり財務三表(※)だったりしたところへ、人的資本の開示義務化で、「人」への取り組みが加わった。これまで「人」の部分でちゃんと取り組んでいるのに伝えられなかった、という会社さんは、喜んでおられるかな、と思います。
※財務三表…財務諸表の中心となる、賃借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書
──人的資本経営は、社会にどんな影響を与えますか
企業が変われば、社会は変わります。例えば(妊娠・出産などの)ライフイベントのある女性が働きやすい環境をつくる人的資本経営は、少子高齢化による人手不足やジェンダー不平等などの社会課題も解決します。
自分が働く会社をチェックする
人的資本の開示は、社外に向けたパブリックステーメントであると同時に、社内に対して、経営陣の戦略と計画、従業員に求めることを伝える手段にもなる。
自分が働いている会社の有価証券報告書や統合報告書を読んでいない、という人は結構多いのではないでしょうか。正直、財務三表を見ても、自分に関係するのかよく分からない。一方で人的資本に関しては、会社の「人」に対する投資の考え方が分かる、より自分に近いものだと思うんです。
自分のいる会社が、女性管理職比率の目標何%、といった数字を示すだけじゃなくて、課題を捉え、改善への打ち手を書いているか。さらには目標達成が役員報酬に連動している、などの記載があれば、経営陣の本気度が見えてくる。有価証券報告書を見て、外向きだけの顔をしていないか、目標に実行が伴っているのか、ちゃんとチェックした方がいいですね。さらに自分がその会社で、どんなスキルを身につけていけばいいのかを考えていただくといいと思います。
──現状は、人的資本の開示に積極的でない企業が半数を占めています
時間はかかると思いますが、人的資本経営を広げていかなければいけません。僕はキャズム理論(※)みたいな話だと思うんです。開示義務化で、今アーリーアダプターぐらいまではきた。ここからキャズムを乗り越えてレイトマジョリティまで行ったときに、世の中が本当に変わったよね、という実感が持てると思います。僕が全部の有価証券報告書を読み込んで、ウェビナーで伝えて、とひたすら頑張っているのは、ここで頑張らないと人的資本経営そのものが廃れる、と思っているからです。
資源の少ない日本で、企業が復活する伸び代は「人」です。日本には、働く人たちが真面目だったり、教育を受けていたり、という「人」のポテンシャルがある。今後、人的資本へ投資した企業に人材は集中するでしょう。
また、人的資本は人権に関わる話でもある。社会的影響力のある上場企業が「人」についてどう考えているのかを示していくことが当たり前になるようになってほしい。そんな思いで人的資本経営に関する情報発信をしています
※キャズム理論…新製品のユーザー層を5つに分類し、イノベーター、 アーリーアダプターが利用する初期市場と、アーリーマジョリティとその後に続く層が利用するメインストリーム市場との間には、越えるべき深い溝(キャズム)が存在するというマーケティング理論
Source: HuffPost