2021
07.27

謎の2人組に銃撃され著名コメンテーター死亡 メディア暗黒時代のフィリピン

国際ニュースまとめ

<大統領が「ジャーナリスト達は決して暗殺の対象外ではない」と公言する国で、またメディア関係者が凶弾の犠牲に──> フィリピンの中部ビサヤ地方のセブ州州都セブ市で地元ラジオ局の著名コメンテーターの男性が正体不明の男から銃撃され、死亡する事件が起きた。 フィリピンでは記者などメディア関係者に対する銃撃、脅迫、暴力行為などが頻発しており、2020年以来殺害されたメディア関係者は4人となり、ドゥテルテ大統領が就任した2016年からでは今回の犠牲者を含めて22人が殺人事件で命を落とし、223人がなんらかの暴力を受けているという。 フィリピンは社会問題などを掘り下げて取材、地元有力者や非合法組織、ギャング団、ときには政治家にとって「気に入らないあるいは面白くない記事や放送などの報道」が動機となって報道関係者への殺害を含む「報復」が日常的に発生している。 このため国際的なジャーナリスト団体「国境なき記者団(RSF=本部パリ)」が毎年公表している報道の自由度のランキングで、2021年は180カ国中138位と低く評価されている。この評価基準の一つとして「ジャーナリストに対する暴力行為」が含まれており、フィリピン報道関係者の日常に存在する生命の危機が反映されているという。 至近距離でいきなり銃撃 警察や地元報道関係者などによると、7月20日午前9時ごろ、セブ市マンバリン村でレイナンテ・コルテス氏が勤務先のラジオ局から出た直後に正体不明の男2人が乗るバイクが接近し、1人がコルテス氏の胸と腕に発砲して逃走した。 コルテス氏は近くの病院に緊急搬送された。搬送中はまだコルテス氏の意識があり、同行したラジオ放送局の関係者が「決して目を閉じてはいけない」と声をかけ続けたものの、病院到着時に死亡が確認されたという。 コルテス氏は地元のラジオ局「dyRB」で自ら番組をもっており、時事問題などにも鋭いコメントをする著名なコメンテーターとして現地では広く知られていた。 地元マンバリン警察では「現時点で犯行の動機は明らかではない」としながらも、「コルテス氏の日常的な活動、放送内容に対して怒った人物が犯行に関係している可能性が高い」として、コルテス氏のこれまでのコメンテーターとしての活動や発言、ラジオ番組内での放送内容の調査に着手する方針を明らかにしている。 地元で高まる犯行への非難 コルテス氏の殺害は1986年のマルコス独裁政権崩壊以来、193人目の犠牲とされ、地元セブ市にある「フィリピン・ジャーナリスト組合セブ支部」の関係者は地元メディアなどに対して「ジャーナリスト殺害は日常化しつつあり、もはやフィリピンの”文化”にまでなりつつある」と厳しく非難、警察当局に早期の犯人逮捕、事件の真相解明を求めている。 また「セブ記者連盟」も「こうした事態が続けば民主主義が暴力にとってかわることになりかねない」と批判している。 ===== コルテス氏は地元ラジオ局「dyRB」で「エンカウンター(邂逅者)」という自らの番組をもっており、地元社会に存在する政治・経済・社会・文化のあらゆる問題、テーマを取り上げていたとされ、警察では「そうした活動のどれかが、犯人につながる人物の怒りをかった可能性がある」としており、殺害がコルテス氏の報道関係者としての活動と無縁ではないとの見方を示している。 フィリピンはメディア暗黒時代の只中 こうしたフィリピンのメディアに対する「殺害を含めた暴力」が蔓延する状況は、マルコス独裁政権時代からの「伝統」で、特に現ドゥテルテ大統領が就任した2016年以降、「報道関係者への暗黒時代が再び登場した」と内外から厳しい指摘が出ている。 ドゥテルテ大統領は「ジャーナリスト達は決して暗殺の対象外ではない、もしその活動が邪悪なものであれば」と公言して憚らないほど自らの政権やその活動に批判的なメディアを敵視している。 著名な元CNN記者だったマリア・レッサさんらが運営するネットメディア「ラップラー」によるドゥテルテ大統領の主導する麻薬犯罪関係者に対する捜査現場での殺害などを助長する「超法規的殺人」に対する手厳しい批判に、ドゥテルテ政権はマリアさんへの「名誉棄損」容疑の拘束や訴追、「ラップラー」社への度重なる税務調査などの「嫌がらせ」を続けている。 また2019年7月10日午後10時ごろには南部ミンダナオ島コタバト州の州都キダパワンで地元ラジオ局の記者でニュース番組のアンカーを務めていたエドゥアルド・ディゾン氏が帰宅するため車に乗っているところに正体不明の2人組がバイクで接近し、発砲。ディゾンが殺害される今回のコルテス氏襲撃に酷似した事件も起きている。 ディゾン氏や勤務先のラジオ局には殺害前に複数の脅迫が届いており、地元警察に届けたものの、警察は動かなかったという。 このようにフィリピンのメディアは現在、「暗黒時代」に直面しており、そんななかでもドゥテルテ政権や地方政府、地方の圧力団体やギャング組織などとの闘いを続け、記者やメディア関係者は「命がけ」で真相報道を試みている。 [執筆者] 大塚智彦(フリージャーナリスト) 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など ===== 凶弾に倒れたコルテス氏 レイナンテ・コルテス氏の暗殺事件を報じる現地メディア GMA Regional TV / YouTube

Source:Newsweek
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