07.21
「IAEAは中立か」東京新聞の処理水めぐる報道、元国連広報官は「結論ありき的な記事」と指摘
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東京電力福島第一原発の「処理水」の海洋放出をめぐり、東京新聞が7月8日に配信した記事が議論を呼んでいる。
「原発処理水の放出にお墨付き…IAEAは本当に『中立』か 日本は巨額の分担金、電力業界も人員派遣」と題した記事だ。
海洋放出は「国際的な安全基準と合致する」といった内容の包括報告書を今月4日に発表した国際原子力機関(IAEA)について、記事は「(IAEAに)日本が多くの分担金を出してきた」などとして、その中立性に疑問を投げかけた。
分担金とは何か。その多寡は国連や国際機関の職員に影響を与えるのか。IAEAは中立ではないのか。
国連で長く勤務した経験を持つ、上智大の植木安弘教授(国際関係論)に話を聞いた。
経緯を振り返る
福島第一原発では、原子炉建屋に雨水や地下水が流入したりして、放射性物質を含む「汚染水」が発生している。
これを「多核種除去設備(ALPS)」などに通し、放射性物質を取り除く処理をかけたものが「処理水」となる。
処理水は、技術的に取り除くことが難しい水素の仲間「トリチウム」を含んでいるが、この物質は自然界や水道水、人間の体内にも存在する。
また、トリチウムが出す放射線のエネルギーは紙一枚で防げるほど弱く、この物質は日本を含む世界各国の原発施設から海洋放出されてきた。
福島第一原発ではこの処理水をタンクに貯蔵してきたが、すでに1000基を超える数となり、敷地を広く占有。
本格化する廃炉作業を安全に進めるためにはタンクを減らす必要があり、21年4月に当時の菅義偉首相が「避けては通れない」と、海洋放出方針の正式決定を発表した。
IAEAは、処理水の海洋放出が安全かどうか見極めるため、現地調査などを繰り返し行ってきた。
そのうえで23年7月4日、処理水の海洋放出を「人や環境に与える放射線の影響は無視できるもの」「国際的な安全基準に合致する」とする包括報告書を公表した。
東京新聞の報道は
東京新聞は7月8日、「そもそもIAEAはどこまで信を置けるのか」「IAEAのお墨付きは、中立的な立場から出たと受け止めるべきか」といった記事を配信した。
日本がIAEAに多くの分担金を支出していることや、職員を派遣していることなどを説明し、「日本政府は巨額の費用を投じたIAEAに海洋放出計画の評価を依頼し、報告書を受け取った」と報じた。
また、IAEAのお墨付きは「原発推進派の茶番劇」(「原発事故被害者相双の会」関係者)、「IAEAについて無視できないのは電力業界からの人員派遣。利益代表の側面があるのではないか」(元駐スイス大使)といった声を紹介。
IAEAや包括報告書を「微妙な立ち位置」や「心もとない」と批判し、「IAEAは公正な第三者機関にはなり得ない」というジャーナリストの話も引用した。
そして、最後に「国際貢献で支出が必要だとしても、資金提供する組織に評価を求めれば『配慮』が働く恐れがある。お墨付きをもらう相手を間違えていまいか」という「デスクメモ」で締め括った。
松野官房長官は会見で…
松野博一官房長官は7月10日朝の記者会見で、「IAEAへの分担金や日本人職員の存在を理由として、包括報告書に疑問があるという主張は全くあたらず、国際機関の存在意義そのものを失わせかねない」と反論した。
経済力のある国が相対的に多くの分担金を支払うことになっており、2023年のIAEAの分担率は、処理水放出に反対する中国(14.5%)が日本(7.8%)より高かったと説明。
国連関係機関はできるだけ幅広い地域から職員を採用することが求められているため、IAEAに日本人職員がいることは当然で、IAEA憲章で職員の中立性も確保されているとした。
元国連広報官に取材
分担金や人員派遣を理由に、国際機関であるIAEAの中立性を疑問視した東京新聞の論旨を、国際機関に詳しい専門家はどうみたのか。
ハフポスト日本版は、上智大学グローバル・スタディーズ研究科の植木安弘教授(国際関係論)にインタビューした。
植木教授は、国連事務総長報道官室や広報局戦略広報部国連広報センターサービス部長などを歴任してきた元国連職員。
2003年のイラク戦争直前には、国連大量破壊兵器査察団のバグダッド報道官を勤めるなど、各国の利害が激しくぶつかり合う国際政治の最前線で働いてきた。
【植木安弘教授プロフィール】
上智大外国語学部を卒業後、コロンビア大で修士号、博士号。1982年から国連事務局広報局に勤務し、92〜94年は日本政府国連代表部、94~99年は国連事務総長報道官室、99年から再び広報局勤務となり、ナミビアと南アフリカで選挙監視、東ティモールで政務官兼副報道官、イラクで国連大量破壊兵器査察団バグダッド報道官を務めた。ジンバブエ、東京、パキスタンの国連広報センター所長代行や、広報局戦略広報部国連広報センターサービス部長も歴任している。
ーー「そもそもIAEAはどこまで信を置けるのか。かねて日本政府は、IAEAに巨額の分担金や拠出金を支出してきた。IAEAのお墨付きは、中立的な立場から出たと受け止めるべきか」。こんな前文から始まる東京新聞の記事に、どんな印象を持たれましたか?
はじめに、結論ありき的な記事ですね。
処理水の海洋放出に関して、日本政府がIAEAに政治的な影響力をかけているのではないか、ということかと思いますが、IAEAは国際機関ですので、政治的な部分には関与せず、中立的な立場から業務を行っています。
また、職員は国際公務員で、各国の政治的主張を受けてはいけないという基本原則があります。
今回、IAEAは科学的な根拠に基づいて評価していますし、この中立的な立場は基本路線として変えることはできません。
ーー基本的なことをお尋ねします。国連の分担金や拠出金とは何でしょうか。また、このお金は何に使われ、各国の分担率はどのようにして決まるのでしょうか。
国際機関は加盟国の財政的なサポートで成り立っており、分担金はいわゆる「メンバーシップフィー」みたいなものです。
加盟国は国際機関に対して財政的にサポートする義務があり、例えば国連憲章であれば第17条で定められています。
分担金は各国の支払い能力に基づいて、専門家で構成される分担金委員会で分担率が決められます。
国民総所得(GNI)をベースに、通貨の変動や低所得国の救済制度などを考慮し、計算されています。
国連の分担率で言えば、2022〜24年はアメリカが22%ですが、これは上限です。一つの国が多く払いすぎるのもよくないので、このような運用になっています。
IAEAも国連の分担率をベースに分担金が決められています。ただ、加盟国数が違うので、国連の分担金とは多少のズレがあります。
最新の数字は、アメリカが25.1%、中国が14.506%、日本が7.758%ですね。通常の予算を、この分担金からまかなっています。
そして、拠出金というのは、あくまでも自発的なものです。各国がそれぞれのプログラムに対して財政的な貢献をするものとなっています。
例えば、技術協力などがあたります。
ーー自発的に多くの拠出金を払う国があるのは、なぜでしょうか。
自分の国が重要だという分野に対して、自発的に予算をつけるということで、政治利用のためにというものではありません。
そういう意味では、原発の安全性とか原子力の平和利用というのがあると思うので、IAEAの「こういうプログラムが大事だと思う」といった要請に基づいて、では日本としても一定の額を出して協力しましょう、という意味合いです。
ーーーーはっきり言って、国際機関であるIAEAが「分担率が高い国」の言いなりになることは「ない」と断言できるのでしょうか。
もちろんです。
先ほど申し上げた通り、今はアメリカと中国が1、2位の分担率となっています。
では、国連や国際機関はアメリカと中国の言うことだけを聞いていますか?そうではありませんよね。
ーー働く職員にも分担率は影響しないと。
IAEAの職員は国際公務員です。国際公務員は国連憲章にあるように、中立的な立場でなければいけません。
ですので、各国の政治的な要求に基づいて行動するということは、国際公務員として「憲章違反」になり、クビになります。
そもそも、分担率を理由にIAEAが中立的ではないというのであれば、処理水放出に反対の中国が分担率で日本を上回っているので、その論理自体が成り立たないと思います。
ーー記事に「IAEAのお墨付きは『原発推進派の茶番劇』」とありましたが、科学者の集団であるIAEAが科学的に間違ったことを主張すれば、世界中の科学者から反論を招く気がします。
そうですね。
国際機関のあり方を理解する必要があります。
ーー「IAEAについて無視できないのは電力業界からの人員派遣。利益代表の側面がある」という文言もありました。
何度も申し上げていますが、例えば政府から来ようが、電力業界から来ようが、いったん国際公務員となると、国連憲章上の「中立の義務」に従わなければなりません。
ですので、政府や特定の業界の言いなりになるということは考えらません。
特に原子力は特殊な分野で、その分野のことに詳しい専門家がいなければ十分な活動ができません。
また、国連や国際機関の職員は地理的に偏ってはいけないので、全世界からできるだけ公平に職員を集めています。
日本人の職員がIAEAにいても何ら不思議なことではないし、それは国際機関への人的貢献でもあります。
そういう意味では、日本の専門家が母国の意向に基づいて発言したとしても、IAEAの中で当然議論されるので、政治的な背景を持った人の発言がすんなり通るということではありません。
世界中から職員を集めているので、一国の意向だけが反映されるというのではなく、中立的な立場から科学的根拠に基づいて判断しているということです。
ーー外務省の「令和4年度 国際機関等への拠出金等に対する評価」には、「日本は(中略)IAEA設立以来一貫して指定理事国を務めており、IAEAの予算や政策策定、重要課題への対応及び一連の活動実施で積極的に関与し、日本の意向を反映できる地位にある」と記載されています。
日本は理事国ですので、予算の政策決定など理事国としての活動もあります。つまり、IAEAの活動に貢献するという意味合いです。
「日本の意見を反映できる。だから、IAEAが処理水放出を認めた」という解釈ではありません。
IAEAの理事国は、日本だけではありません。理事会は35か国で構成されています。処理水の放出に反対している中国も、理事国の一つです。
一つの国だけが意見を主張しても、他の国が納得しなければ成立しません。日本の意向を反映できるという意味は、理事国にいることによって、IAEAの活動に貢献しているということです。
ーーーー記事は最後に「国際貢献で支出が必要だとしても、資金提供する組織に評価を求めれば、『配慮』が働く恐れがある。お墨付きをもらう相手を間違えていまいか」というデスクメモで締めくくられていました。
批判的な立場から見るとそう見えるのかもしれませんが、IAEAのような専門機関はあくまでも科学的根拠に基づいて行動しています。
例えば、イランの核問題もありましたが、IAEAはもちろん中立的な立場から科学的根拠に基づいて理事会に報告しています。
世界中で原子力が適切に平和利用されているかどうか査察を行っていますし、今回の処理水についても、IAEAが持つ科学的な知見から結論を出しています。
話は変わりますが、コロナの時にアメリカのトランプ大統領(当時)が、世界保健機関(WHO)が「中国に配慮している」と批判したことがありましたよね。
しかしアメリカは、中国より多くの分担金を支出していました。WHOは一定の制約がある中で国際機関としての任務を果たそうとやってきたわけで、アメリカや中国の言いなりになったわけではありません。
国際機関が配慮や忖度をすることで中立性を失うと国連憲章に違反しますし、国際機関としての存在意義を失います。
IAEAの理事会で議論する時も、基本的に各国の同意を求めることになり、分担率の高い国の主張が必ず通るわけではありません。
IAEAのような専門機関は役割を遂行する上で中立性を保つ必要があります。
今回の処理水の報告書についても、IAEAは科学的知見や実績、判断に基づいてアセスメントを出したということでしょう。
Source: HuffPost