2023
06.14

『風の谷ナウシカ』のミステリー。安田成美さんのテーマソングが上映時に流れた?スタジオジブリの回答は…

国際ニュースまとめ

安田成美さんが歌う『風の谷のナウシカ』を収録したシングルCD(徳間ジャパンコミュニケーションズ)安田成美さんが歌う『風の谷のナウシカ』を収録したシングルCD(徳間ジャパンコミュニケーションズ)

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1984年に劇場公開された宮崎駿監督の代表作の1つ『風の谷のナウシカ』(以下、『ナウシカ』)を巡って5月末から、SNS上で大きな議論が巻き起こった。

これが歌手デビューとなった安田成美さんが歌う同名のシンボル・テーマソングは、映画で使われたのか。この歌はCMや予告編で使われたものの、映画の作中では使われていないというのが定説だ。

しかし、「映画のエンディングであの歌を聴いた記憶がある」という声が出たことをきっかけに、「自分も同じ体験をした」という声が相次いだのだ。真相はどうか。『ナウシカ』の著作権を管理するスタジオジブリに取材した。

■「主題歌はキミに歌って欲しい」とイメージガール募集

「主題歌はキミに歌って欲しい」とナウシカガールを募集する広告(『アニメージュ』1983年10月号より)「主題歌はキミに歌って欲しい」とナウシカガールを募集する広告(『アニメージュ』1983年10月号より)

「風の谷のナウシカ 髪を軽くなびかせ」

ゆったりしたメロディーを、ややあどけない歌声がたどる。この印象的な歌がテレビCMでよく流れていたことを1984年当時、まだ小学生だった筆者もよく憶えている。

これは、『ナウシカ』の宣伝キャンペーンの一環として、「ナウシカガール」という企画で生まれたものだった。映画の原作となる漫画版のナウシカが連載されていたアニメ雑誌アニメージュは、「主題歌はキミに歌って欲しい」「ベストテン入り確実!」の触れ込みでイメージガールを募集した。

7611人の応募者の中から選ばれたのは、現在も俳優として活躍する安田成美さん。当時はまだ16歳だったが、ナウシカガールが芸能界で活躍する下地となった。

安田さんが歌う『風の谷のナウシカ』の作詞は松本隆、作曲は細野晴臣。日本語ロックバンドの草分け「はっぴいえんど」の元メンバーらによる豪華タッグだった。田中推二さんの著書『シン・YMO』によると、安田さんの歌う『風の谷のナウシカ』のシングルレコードの売上げは20万9000枚。オリコンチャートの最高位10位だったという。

しかし、この歌は映画内では使われなかった。エンディング曲に採用されたのは、久石譲さんのインスト「鳥の人」だった。筆者は劇場公開から数年後、日本テレビでの放送で初めて本編を見た。あんなにCMで流れていた歌が流れず、拍子抜けだった記憶がある。

安田さんの歌も「主題歌」という言葉は使われなくなり、「シンボル・テーマソング」と呼ばれるようになった。

■高畑勲さんが「強硬に反対した」。制作スタッフらの記述を追う

『風の谷ナウシカ』のプロデューサーを務めた高畑勲さん(2014年撮影)『風の谷ナウシカ』のプロデューサーを務めた高畑勲さん(2014年撮影)

音楽界の大物を起用した楽曲が、なぜ使われなかったのか。製作会社の徳間書店側はエンディングに使うように強く主張したが、『ナウシカ』のプロデューサーを務めた故・高畑勲さんが、強硬に反対したため実現しなかったという証言がある。

同作品のサウンドトラックを担当した作曲家、久石譲さんは1992年の著書の中で、以下のように綴っている。

<『風の谷のナウシカ』には、予告編やテレビCFで盛んに流されていたイメージ・ソング(今や女優として第一線で活躍している安田成美さんが歌っていた)があった。それを本編のラストでエンディング・テーマでとして流したいという提案が、徳間のほうからあった。

が、作品としては、絶対に流さないほうがいい。これは、監督、プロデューサー、そして僕の三人のなかに強烈にあった。(中略)製作会社の徳間としては、どうしてもこの歌を入れたかったらしい。そこで、作家の精神というものを貫いたのが、プロデューサーの高畑さんだった。

文字どおり、体を張って、強硬に反対した。その姿には、本当に胸を打たれた。>(久石譲『I am —遥かなる音楽の道へ—』メディアファクトリー刊)

高畑さんはナウシカガールのキャンペーン自体に批判的だったらしい。『ナウシカ』の作画監督を務めた故・小松原一男さんは上映直後、雑誌の寄稿の中で、こう振り返っている。

<今回、細野晴臣作曲でナウシカガールが歌うというイメージソングがあって、高畑さんなんかは、作品を度外視して単にナウシカの名前を売るためにタレントをデビューさせるなんてとんでない、と怒ってたんだけど、この世の中、宣伝はヒットさせるためにはある程度必要だろうと思う。>(『Comic Box』1984年5・6月号)

一方で、せっかく作曲したのに映画内で使われなかった細野さんの落胆は強かった。後に、映画雑誌のコラムの中で「微妙な感情がそこにはある」と、複雑な胸中を明かしている。

<僕は製作サイドからの依頼を受けて宮崎駿監督の「風の谷のナウシカ」(84年)のテーマソングを書いたのだが、これは結局映画では使われなかった。どうしてなんだろうと思って、ずっと生きてきたのである(笑)。

嫌われたのかなあとか、いろいろ思うところがあるし、当事者たちのあずかり知らないさまざまな事情もあったのだろう。また、当時はシングル盤の全盛期でもあり、ヒットチャートのための仕事だったともいえるが、それにつけても微妙な感情がそこにはある。>(『キネマ旬報』2014年10月下旬号)

■「エンディングで安田成美の歌を聴いた」投稿がきっかけでSNSで激論に

安田成美さんにイメージガールが決定したことを伝える記事(『アニメージュ』1984年1月号より)安田成美さんにイメージガールが決定したことを伝える記事(『アニメージュ』1984年1月号より)

こうした証言からも分かるように、安田さんの歌は映画内では流れなかったというのが定説になっていた。

ところが、2023年5月29日に、当時の観客がTwitterにナウシカ上映当時の思い出を投稿。「私は妹と劇場で観たんですが、エンディングで安田成美の歌を聴いたと思うんですよね〜」と振り返ったことで、アニメファンの間で大激論となった。

この投稿は、1000件以上のリツイートされるなど大きな反響を呼んだ。リプライ欄では、「私が見た映画館でもEDロールで安田成美のナウシカの歌が流れてました」といった声も出た。

一方で「上映の合間の休憩時間には流れていたが、本編では流れていなかった」という声も多い。「休憩時間に流れていた記憶と混同したのでは?」「一部の映画館ではエンディング時に流したのでは?」など様々な推測が出た。

約40年前の出来事で真相究明が難しいこともあり、ファンの間では安田さんの歌が流れたのかどうかをめぐって議論が紛糾した。

■「フィルムを差し替えた、と鈴木敏夫さんが明かした」という噂は事実?スタジオジブリに聞いてみた

『風の谷のナウシカ』製作委員会のメンバーだった鈴木敏夫さん(2016年撮影)『風の谷のナウシカ』製作委員会のメンバーだった鈴木敏夫さん(2016年撮影)

そんな中で興味深いツイートが見つかった。『風の谷のナウシカ』製作委員会のメンバーで、名プロデューサーとして知られるスタジオジブリの鈴木敏夫社長が、雑誌のインタビューなどで、次のような内容を明かしたのを見た記憶があるというのだ。

「安田成美バージョンが最初存在していて、監督が激怒したので差し替え版が作成されて、フィルムの配達(?)タイミングで上映された所があった」

事実であれば、一部の映画館では『ナウシカ』のエンディングで安田さんの歌が流れていたことになる。

気になった筆者は、スタジオジブリの広報担当者に取材を依頼した。数日後、「鈴木を含め社内で確認いたしました」と回答があった。

それによると、映画本編では安田さんの歌は、やはり流れていなかったとのこと。また、鈴木プロデューサーが「フィルムを差し替えた」と雑誌などで発言した事実もないとのことだった。

安田さんの歌が劇中で使わなかった理由を尋ねたのだが、「最初からイメージソングとして作られた歌です」として明確な理由は示されなかった。

■スタジオジブリとの一問一答

――『風の谷のナウシカ』はトップクラフトの制作ですが、2023年現在、著作権はスタジオジブリで管理しているということでいいでしょうか?

はい

――安田成美さんの『風の谷のナウシカ』はテレビCMや劇場予告、映画上映の幕間などでは流れたものの、映画本編では流れなかったということでいいでしょうか?

はい

――SNS上では「安田成美さんの歌があるバージョンが最初存在していて、監督が激怒したので差し替え版が作成されたが、フィルムの配達タイミングで上映された館もあった」という鈴木敏夫氏の発言を雑誌で見た記憶があると主張している人もいます。そうした発言や報道は実際にあったのでしょうか?

そのような事実はございません

――映画上映の幕間で流れた歌を、エンディングで流れたと記憶している方がいる可能性はありそうでしょうか?

可能性としては、あるのではないでしょうか

――安田成美さんの『風の谷のナウシカ』が劇中歌として使われなかった理由は何でしょう?

最初からイメージソングとして作られた歌です

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Source: HuffPost