06.07
「怪物」はいるのか、いないのか。是枝裕和が坂元裕二・坂本龍一と組んだ最新作で見せた新境地【インタビュー】
『万引き家族』の是枝裕和監督の最新作『怪物』が6月2日から公開中だ。
カンヌ国際映画祭で脚本賞とクィア・パルム賞の二冠に輝いた本作は、是枝作品としては珍しく監督自身の脚本ではない。脚本を手掛けたのは、テレビドラマ『カルテット』や映画『花束みたいな恋をした』で知られる坂元裕二氏。意外な組み合わせに見えるが、実は2人はかねてから対談などを重ね、いつか一緒に仕事をしたいと互いに思っていたという。
さらに本作の音楽は、3月に亡くなった坂本龍一氏が担当した。映画、テレビ、音楽で日本を代表する才能が集まったこの作品は、何を描くのか。「怪物はだれだ」という問いかけが示すものとは。是枝監督に話を聞いた。
「自分には書けない」坂元脚本の魅力
本作は、元々はプロデューサーの川村元気氏と坂元氏が進めていた企画。プロットが出来上がった段階で、坂元氏の希望として是枝監督の名前があがったという。是枝監督は、「(坂元氏の脚本を監督するのが)夢でしたから、名前を出してもらったという話を聞いて、どんな企画でも受けようと思った」と振り返る。
是枝監督は、坂元氏の脚本について、自分の作品と同じモチーフに違った角度から光を当てていると評する。
「(犯罪被害者家族と加害者家族の交流を描いたドラマ)『それでも、生きてゆく』を観た時に衝撃を受けました。僕も2001年に『DISTANCE』という映画で加害者家族を描きましたが、加害者と被害者のラブストーリーにするなんて発想はもちろんなかった。難しいテーマをあれだけ平易な文体で作品にできる坂元さんは稀有な存在だと思います。キャラクターの輪郭が、(自分で演出する前提で書く)自分の脚本よりもずっとはっきりしていて、それが物語の推進力になっている。すごく勉強になりました」
「誰かを怪物だと思う」ことへの問いかけ
『怪物』は、物語構成もこれまでの是枝作品とは一線を画す。本作は、小学校で起きた1つの事件を、複数の異なる視点で捉え直す構成を採用。黒澤明監督の名作『羅生門』のように、異なる視点で一つの事象を見つめることで多面的な真実を浮き彫りにする。
「僕が企画をもらった段階でこの構成でしたが、坂元さんにとってもチャレンジだったと思います。『怪物』が何なのかわからないまま進んでいき、これがそうかと思ったら次の章で覆され…というのが繰り返されます」
異なる視点で描かれるそれぞれの章で、キャラクターたちの印象も劇的に変化する。例えば、永山瑛太が演じた小学校教師の保利(ほり)の第一印象は多くの人にとって「最悪」だが、それが予想だにしない方向に変わっていく。これは俳優に印象が変わるように指示して演じてもらっているのだろうか。
「基本的に永山さんから出てきたものを撮っています。特別に(悪い奴に見えるように、などの)指示はしていません。編集の段階で、一章はこういう風に見えるように、二章はこういう風に…と整理はしていますが、お芝居を変えてもらうことはしてないです」
芝居の方向性を変わらずとも、人物の印象は変わってしまう。これも坂元氏による脚本が巧みだからと是枝監督は語る。この構成だからこそ「怪物はだれだ」という問いかけが生きてくる。
「プロットをもらった段階ではタイトルはついておらず、(仮題)でした。終盤頃に、『怪物』というタイトルがいいんじゃないか?という意見で、僕と川村さんが一致しました。でも、坂元さんは当初は抵抗していましたね。きちんと伝わらないと、あの少年たちを“怪物”としていると捉えられてしまう可能性があるから、と。書き手としての坂元さんの不安もすごくよくわかるので、色々と話をしました。この映画は『誰かを怪物だと思ってしまう、怪物を探してしまう』こと自体への問いかけであり、その問いは最後には、映画を見ている自分自身に跳ね返ってくる、と僕は感じました。タイトルに決まってからは、『怪物』という台詞がさらに印象的に書かれるようになりました」
「坂本龍一さんは大変勉強家。じゃないと、あんな風に変わっていけない」
本作では、音楽に故・坂本龍一氏が参加していることでも注目されている。本作が映画劇伴として遺作となった坂本氏の参加はどのように実現したのだろうか。
「僕から手紙を送りました。やっぱり電子的なメールよりも手紙の方が伝わるかなと。そうしたら、坂本さんからも手紙で返事がきて、その後の具体的なやりとりも全部手紙でしたね」
今回、坂本氏の書き下ろし曲は2曲で、その他には既存曲が使用されている。
「最初は、体調的にも受けてもらえないかもしれないという話もあったんです。プロデュースサイドは別の方に依頼したほうが確実ではないかという気持ちもあったようですけど、僕は坂本さんじゃなければ音楽なしでいくつもりでした。映像に僕が選んだ坂本さんの既存曲を当てさせていただいたものを、手紙と一緒に送りました。そうしたら『映画はとても面白かったです。引き受けます。ただ体力的に全曲の書き下ろしはできないので、何曲かイメージしているものを形にしますから聞いてください』といった返事がありました。そのあとご自身で演奏された新曲のデータが届きました」
是枝監督が坂本氏に音楽を依頼したかった理由は、以前から尊敬をしていたからだという。
「僕は音楽に詳しくないですが、それでも大変勉強家だとわかりますよね。じゃないと、あんな風に変わっていけないと思うんです。この映画でも音楽が映画の中から聞こえてくる音の一つとして成立している。それに、社会的な発言も積極的にされてきました。この国ではそういう表明を嫌がる人も多いですが、それを厭わず、亡くなる直前まで自分の信念で取り組まれていたのは、僕も見習わらないといけないと思っています」
「映適」について思うこと
是枝監督も坂本氏と同様、社会について積極的に発言する人だ。とりわけ、日本の映画産業の発展や労働環境に危機感を訴え、改善のために積極的に活動し続けている。
是枝監督も所属するaction4cinemaでは、4月から開始された日本映画適正化機構(映適)が発表した「日本映画制作適正化認定制度に関する協約」に対して声明を発表し、問題点を指摘している。
この協約は、日本映画の労働環境の改善を目的に、日本映画製作者連盟、日本映画制作者協会、日本映像職能連合の業界3団体が合意したものだ。しかし、そこで発表された労働基準は「適正化にはほど遠い」という。
是枝監督は、映適という組織ができ、労働時間やハラスメント対策に関するガイドラインが定められたこと自体は評価する一方で、意識の溝を感じているようだ。たとえば、映適のガイドラインでは、1日の撮影時間は11時間、準備と撤収作業にみなし1時間ずつで13時間、撮休は週1日、完全休養日は2週に1日と定めている。
「『みなし』というのは、例えば地方ロケで東京に戻るのに3時間かかっても1時間とみなすということです。週1の撮休も準備の日なので、結局働いているんです。そうなると、休日は月に2日しかないことになる。これでは未だ過労死を引き起こしかねない状況でしょう」
是枝監督は、「適切な労働時間で映画を撮ると、どうしても撮影日数が伸び予算が増える。しかし、映適はその制作費の増大に向き合えておらず、現場に皺寄せがくるのではないか」と考えている。
「ガイドラインにはハラスメント対策も盛り込まれていますが、制作現場に丸投げですし、相談窓口のスタッフセンターの運営費として、登録したスタッフのギャラから1%天引きになっているなど、フリーランスの労働環境や賃金を守るための組織なのに、個人の給料が減る仕組みになっています。映適の運営にも恒常的な原資が必要で、それが解決しないと、実行的な制度として維持していけるのか疑問も残ります」
ガイドラインに則って制作され、労働環境などが「適正」と認定された作品には今後「映適マーク」が付与される。映適側は、初年度は20本を目指すという「スモールスタート」を強調しているが、今後映画業界全体に普及するためには、どう改善を進めていくべきか。是枝監督は「業界もメディアも、監視しながらやっていくことが大事」だと語る。
「一番合理的なのは、興行収入からのトップオフで映適の運営費をまかなうことだと思います。お金の問題も含めて、こういうことは少しずつしか変わらない。だから業界もメディアもきちんと運営の実態を検証して、毎年見直していかないといけないと思います」
▼作品情報
『怪物』
6月2日(金) 全国ロードショー中
(c)2023「怪物」製作委員会
配給:東宝 ギャガ
Source: HuffPost