2022
12.12

“名画にトマトスープ”を「過激な行動」で終わらせていいのか。批判に潜む“特権”とは?

国際ニュースまとめ

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ゴッホの代表作「ひまわり」に、環境活動家2人が缶に入ったトマトスープをぶちまけたーー。

10月、そんなニュースが世界を駆け巡り、大きな注目を集めた。

ロンドンの「ナショナル・ギャラリー」で、ゴッホの代表作「ひまわり」にトマトスープを投げ付けた環境団体の活動家(10月、イギリス・ロンドン)ロンドンの「ナショナル・ギャラリー」で、ゴッホの代表作「ひまわり」にトマトスープを投げ付けた環境団体の活動家(10月、イギリス・ロンドン)

「ひまわり」にはオレンジ色のスープがべっとりと付着。その場に跪き、「絵画を守ることと、命を守ることのどちらが大事なのか」などと訴えていた2人は、器物損壊などの疑いで逮捕された。環境団体は声明で、イギリス政府に対して化石燃料に関連する新しいプロジェクトの停止を求める行動の一環だったと説明している。

「ひまわり」はガラスで保護されていたため無事だったという。

名画を狙った同様の抗議活動はヨーロッパ各地で起きており、今後も実行すると宣言する環境団体もある。抗議の手法には批判が集まり、彼らを「エコテロリスト」と呼ぶ声も上がっている。

日本国内でも大きく報じられ、特に主張を表現する方法の「過激化」ばかりがクローズアップされている一連の抗議活動。

その背景に踏み込むことなく、「一部の活動家による過激な行動」として終わらせていいのか。気候危機の問題について声を上げてきた人は、今回の出来事をどう受け止めているのか。

ハフポスト日本版は、京都大学の宇佐美誠教授(地球環境政策論)と、国際環境NGO「350 Japanの伊与田昌慶さんに、日本社会での今回の事件の受け止められ方や、その背景について、見解を尋ねた。

巻き込まれないと信じていられる“特権”

ーーゴッホ『ひまわり』にトマトスープをかけるなど、名画をターゲットにした抗議活動を、どのように受け止めていますか?

宇佐美 今回の行動は、名画を破壊する意図は毛頭なく、社会の注目を集めることで、人々の意識に訴えようとするものでした。しかし、名画を標的にすることと、気候変動への対策を訴えることは直接的には関係がなく、「何をしているのか、わかりにくい」と感じた人が多かったのではないでしょうか。

結果として、大きな批判を浴び、伝えたかったはずの気候危機の深刻さはうまく伝わらず、むしろ軽視されることにすらつながりかねないと思います。

伊与田 絵画はガラスで覆われて守られていたとはいえ、「世界的な名画を失うかもしれない」と思わせる行動には、「過激」「破壊的」などと批判が殺到しました。「イギリス政府に化石燃料の拡大をやめさせる」という目的に共感や賛同を得られたか、今回の抗議の効果がどれほどあったのかには、疑問が残ります。

「過激」とされている昨今の一連の抗議活動を受け、イギリス政府は化石燃料の拡大をやめるよりもむしろ、これを口実に環境団体などがとる抗議への取り締まりを強化しようとしています。現在に至るまで、抗議の成果があらわれているようには思えません。

ーー今回の行動の目的は、この世に1つしかない名画を「守る」ように、私たちの命に直結する、1つしかない地球を「守る」べきだとのメッセージを伝えることだったとされています。

宇佐美 今回と同様に芸術作品を巻き込んで抗議する手法は以前からあります。古くは1974年、アメリカの美術館では、ベトナム戦争への抗議を訴える形でピカソの「ゲルニカ」に落ちやすく加工したスプレーで落書きした例があります。

それに、2人の活動が属している環境団体「ジャスト・ストップ・オイル」は4月に立ち上がって以降、さまざまな抗議行動で2000人もの逮捕者を出しています。大勢の人が実践してきたうちの、非常に目立つ事件が「『ひまわり』にトマトスープ」でした。

こうした手法の抗議を初めて見聞きしたとき「1組の変わった若者らによる奇妙な行動」としか受け止めなかったら、たくさんの人々が同様の行動に走る背後にある問題(メッセージ)を認識できなくなってしまいます。

「近代民主主義の母国」であるイギリスで、民主的なプロセスでなくあえて直接行動によって、多数の人々が逮捕をいとわずに訴えている重大な問題とは何か、私たちは知ろうとしなくてはなりません。

伊与田 もう1つ重要な点は、実際の抗議は絵画がガラスで覆われて守られているとわかった上で実行されていたことです。

にもかかわらず、名画を失うかもしれないと感じた衝撃を引きずり、声を上げた人々に「過激」とレッテルを貼り、痛烈に批判する。気候変動には一瞥もくれないのに、抗議活動に対して一方的に評価を下し、批評するーー。

そんな態度をとれるのは、事件をあくまでも「ひとごと」として、外から眺めるだけでいられる立場にいるからではないでしょうか。

ーー「ひとごと」でいられるのは、なぜですか。

伊与田 気候危機による影響や、化石燃料にかかわる事業による人権侵害について知らないからこそ、常に冷静でいられるのではないでしょうか。

その上で、「自らは(抗議の理由となった問題の)『被害者ー加害者』という関係性の外側にいる」という認識を、無意識のうちに持っていると言えます。当事者意識を欠いています。

宇佐美 特権とは、特定の人々にだけ持つことの許される、優越的な地位や利益のことを指します。歴史的には、王様や貴族などの少数の人々だけが特権をもつとされていました。

今日では少数者と多数者の関係が逆転し、「不利や抑圧を強いられる人々のことを気にも留めず、あぐらをかいていられる多数の人々」が、特権を持つと言われるようになってきました。多数派の人種や民族、健常者、そして男性などが持つ特権が問題にされつつあります。

気候変動問題でも、1つの社会の中で特に大きな被害を受けやすいのは、例えば低所得層。だから、多数派が特権を持っているという構図が当てはまりそうです。

伊与田 気候変動の影響を強く受ける人々は、権力を持たず、話し合いのテーブルにもつけません。

自分は巻き込まれないと信じていられる特権を持つ人々が、巻き込まれることに強い怒りをあらわにする人々がとる行動に対し、「やりすぎ」「抗議する側が悪い」と評したり、嘲笑の対象として楽しもうとしたりする。特権を持つ人々がそういった態度をとり、弱い立場の人々や行動を起こす人々の心を少しずつ“削る”こと自体が、ある種の暴力性をはらんでいると思います。

化石燃料の大規模開発、日本の金融機関も関与

ーー特権を持つ人と、気候変動の関係は。

伊与田 声を上げる人々に対して厳しい言葉をぶつける人々は、企業がいまだに化石燃料の開発を推し進めていることに無関心だったり、問題意識を持っていなかったりするのではないでしょうか。けれど実際には、こうした企業の活動は重大な問題を引き起こしています。

代表的なのは、気候変動による被害を強く受けるアフリカで、原油を運ぶための「東アフリカ原油パイプライン(EACOP)」を建設する計画です。

ウガンダとタンザニアを結び、世界最長の1443kmとなる見込みの加熱式原油パイプライン。現地では、莫大なCO2の排出源となるだけでなく、建設用地の確保のために地域住民を強制的に移住させるといった人権侵害や、生態系の破壊を懸念する声が上がっています。アフリカの活動家が抗議の声を上げていますが、弾圧されて逮捕される例も相次いでいます。

こうした実態こそ、真に「過激」で「破壊的」ではないでしょうか。特権を持つ人々が名画の安否を懸念する一方で、気候変動や化石燃料の開発の影響で名画を楽しむどころではない人々の生活や生命は、脅かされ続けているのです。

トタルエナジーズの進めるEACOPプロジェクトを非難するデモ隊(フランス・パリ)トタルエナジーズの進めるEACOPプロジェクトを非難するデモ隊(フランス・パリ)

ーー日本では、「EACOP」の知名度は高くありません。日本企業はどのように関わっていますか。

伊与田 フランスのエネルギー企業「トタルエナジーズ」が主導する「EACOP」には、日本の金融機関も関与しています。

トタルエナジーズの財務アドバイザーを務める三井住友銀行(SMBC)は、プロジェクトへの投融資の大半を占める30億ドルのプロジェクト・ファイナンスの共同幹事行を務めていると指摘されています。

遠く離れたアフリカで、人権を侵害したり、気候変動に影響を与えたりする事業に結びつくことを知らず、日本の銀行へ預貯金する私たち1人1人の行動や姿勢に、責任感が伴っているとは言い難いと思います。

「地球温暖化が仮になければ…」

ーー気候変動をめぐる日本の現状は。

宇佐美 日本も気候危機と無関係ではいられません。例えば、台風や洪水など、気候変動に絡む災害のリスクを測った報告書「世界気候リスク指標」2021年版によると、日本はモザンビーク、ジンバブエ、バハマについで世界で4番目にリスクが大きい国としてランクインしています。

気象庁気象研究所などの研究チームは、熱中症による死亡者が1000人にも上った2018年7月の記録的猛暑について、「⼯業化以降の⼈為起源による温室効果ガスの排出に伴う地球温暖化が仮になければ、起こりえなかった」と結論づけました。温暖化がなければ、ここまでの猛暑にはならなかったということです。

日本はすでに気候危機に巻き込まれているのです。

伊与田 にもかかわらず、CO2を排出する化石燃料の開発プロジェクトに日本の企業や金融機関が参画する例は枚挙にいとまがなく、逆行しています。

例えば、350 Japanの調査では、2016〜2021年にかけて日本の金融機関が化石燃料の関連企業に融資などをした金額は、再生可能エネルギーの関連企業に対する額の19倍にも上っていました。

経済的にも技術的にも、2050年までに世界のエネルギー供給の100%を再生可能エネルギーに転換することは可能だと指摘されているのに、その方向に舵を切れていないのが現状です。

三井住友フィナンシャルグループの株主総会が開かれる本社前で、石炭火力発電への投融資に抗議するプラカードを掲げる人たち(6月、東京都千代田区)三井住友フィナンシャルグループの株主総会が開かれる本社前で、石炭火力発電への投融資に抗議するプラカードを掲げる人たち(6月、東京都千代田区)

セーブ・ザ・チルドレンの報告書では、2020年に生まれた子どもたちは、1960年に生まれた人と比較して、生涯にわたり平均して7倍もの熱波にさらされると予測されています。このままでは、将来世代は極端な気候災害など、気候変動にかかわる深刻な問題に直面することになります。

日本に暮らし、特権を持つ者として“昨日と同じように明日を迎える”ことを最優先に据えた現状のままでは、変化は起きません。化石燃料への投資などをやめ、再生可能エネルギーの拡大に向けた取り組みを進めるよう、日本の企業や政府に様々な方法で声を上げ、届けていく必要があります。

宇佐美気候変動にまつわる知識を得られ、行動を起こそうと思ったら起こせる立場の人々もまた、特権の持ち主です。属性や立場は変えられないからこそ、持って生まれた特権を捨てることはできません。

ですが、特権を持つこと自体が「いけない」のではありません。自らの能力を他者のために活用できるからです。

自らの自己満足ではなく、社会問題を解決するために、効果を冷静に判断した上で行動を起こす動きが、欧米では急速に広がっています。こうした姿勢は「効果的利他主義」と呼ばれます。特権を持つ立場にあるからこそ、不利な人たちや将来世代の人々に長期的に大きな利益を与えるためにできることがあるはずだと思います。

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Source: HuffPost