06.24
コロナ収束の近未来に、確実に勃発する「リモートvs出社」バトル
<出社勤務を再開したい企業と、部分的にでもリモートワークを続けたい従業員の激しい綱引きが始まった> 新型コロナウイルスのワクチン接種が進み、全米でマスク着用などのルールが緩和されるなか、企業はリモートワークから出社勤務へ切り替えを本格化しつつある。 本来なら、「コロナ前の日常が戻ってきた」と希望を感じさせてくれるはずの措置だが、オフィスワーカーの間では戸惑いが広がっている。 まだ感染不安を拭えない人もいれば、子供のオンライン授業が続いているため家を離れられない人もいる。在宅勤務の柔軟性を味わった今、9時から5時までのオフィス勤務には戻りたくないと考える人もいる。 会社と従業員の希望のギャップがどのように解決されていくかは、これから数カ月だけでなく、長期的な雇用の在り方に影響を与える可能性があると専門家は指摘する。 なにしろ今年初めの時点では、海ほど大きなギャップがあった。米ベストプラクティス・インスティテュートの調べによると、経営者の83%は出社勤務を再開したいと考えていたが、フルタイムの出社勤務を希望する従業員は10%だったのだ。 「これは大きな火種になるだろう」と、人材コンサルティング会社コーン・フェリーのメリッサ・スウィフトは語る。「オフィスワーカーの間では、ほとんどの仕事はリモートでできることが証明されたという認識がある。だが、経営幹部はそうは思っていない。両者の希望は真っ向から衝突するだろう」 感染リスクへの懸念が残る 職場の安全は大きな懸念事項だ。アメリカではジョー・バイデン大統領の猛プッシュにより、4月19日以降、全成人がワクチン接種を受けられるようになった。 しかし集団免疫に必要とされる接種率70%を達成するのはまだかなり先になりそうだ。6月初めの時点では、アメリカ人の半分近くがまだ1回もワクチン接種を受けておらず、2回の接種を終えた人は42%にとどまっている。 新たな変異株の不安もある。オフィスのデスクの間隔を空けてアクリル板を設置し、就業スケジュールに余裕を持たせても、従業員の66%は会社での感染リスクを心配していることが、オフィス管理アプリ「エンボイ」と市場調査会社ウェイクフィールド・リサーチが2月に行った共同調査で明らかになった。 この調査では、感染不安は全くないと答えた人は13%しかいなかった。また回答者の62%は、企業は出社勤務する従業員にワクチン接種を義務付けるべきだと考えていた。さらに同じ割合の人たちが、マスクの着用義務などの感染拡大防止措置を、企業が時期尚早に緩和するのではないかと懸念している。 ジェイミー・ヒッキー(42)もそんな懸念を抱く1人だ。シングルファザーのヒッキーには9歳と6歳の娘がいるが、学校はまだ週3日はオンライン授業だ。ヒッキーはペンシルベニア州のオフィス家具会社の現場監督で、4月15日からフルタイムで職場復帰するよう連絡を受けた。 ===== ワクチン接種が進み、出社勤務への切り替えも始まったが DANIA MAXWELL-LOS ANGELES TIMES/GETTY IMAGES 2020年春に一時帰休を言い渡され、この1年は失業手当と2つの趣味サイトからの収入でしのいできた。それだけに、仕事に戻りたいのはやまやまだ。しかし商業ビルでの設置工事には感染不安が付きまとうし、娘たちの学校が安全ルールをきちんと守るのかという心配もある。 それに娘たちが自宅でオンライン授業を受けるとき、誰が面倒を見るのか。60歳の母親に頼むこともできるが、まだワクチンを接種していないから感染不安がある。ヒッキーは自宅から仕事をさせてもらえないかと聞いてみたが、上司は現場に出てほしいと言う。 「私自身の心配はしていない」と、彼は言う。「だが娘たちや、既往症を持つ母親に(ウイルスを)うつしてしまうのではないかと心配だ」 誰が子供の面倒を見るのか ヒッキーのような子育て中のオフィスワーカーにとって、出社再開はとりわけ複雑な問題だ。小さい子供がいて、学校が対面授業を全面的には再開しておらず、託児サービスもまだ完全に戻っていないとき、親が出社勤務を再開すれば、誰が子供たちの面倒を見るのか。ひとり親家庭なら、もっと問題は切実だ。 調査によると、コロナ禍の初期に比べれば対面授業を完全再開した学校はずっと増えているが、まだコロナ前の状況にはとても戻っていない。連邦政府の統計によると、公立小学校で完全な対面授業を再開した学校は半分以下で、中学校の場合は38%にすぎない。約25%の学区は、対面授業を全く再開していない。 学校が対面授業を再開しても、親が感染を心配しているためか、生徒が学校に戻るとは限らない。連邦政府の統計によると2月の時点で、小学4年生の60%、8年生(中学2年生)の69%が、少なくとも一部の授業を自宅で受けていた。そんな状況で、出社勤務の再開を要請された親は難しい判断を迫られる。 登校再開には人種差があることも分かっている。白人の4年生は半分近くが完全な対面授業に戻ったが、黒人の子供は28%、ヒスパニック系の子供は33%にとどまっている。 会社と従業員の綱引きは、まだ始まったばかりだ。オフィスセキュリティー企業キャッスル・システムズによると、3月後半の時点で全米のオフィス稼働率は24%だった(これでも15%以下だった数カ月前と比べれば大きな改善だ)。出社勤務の再開を発表する企業が増えるなか、この数字は今後もっと上昇するだろう。 ニューヨークのオフィス稼働率は6月初めの時点でまだ18・2%にとどまっている。だが、経営者団体「ニューヨークのためのパートナーシップ」の調査によれば、9月までに従業員の62%がオフィスに戻ると企業側は見込んでいる。 一方でテキサス州のヒューストンやダラスでは既に、オフィス稼働率は45%前後まで戻っているという。 ===== コロナ下で閑散としたオフィス。その後も在宅勤務へのニーズは高い JUSTIN SULLIVAN/GETTY IMAGES 問題は従業員がいつオフィスに呼び戻されるかだけではない。会社がどのような勤務形態を採用するかも重要なポイントだ。オフィスへの通勤を毎日求めるのか、リモートワークの併用を認めるのか──。 大企業の中には、全員フルタイムの出社勤務に戻す方針を明らかにしているところもある。例えばアマゾンは秋までにリモートワークを終わらせ、「わが社の基本として、オフィス中心型のカルチャーに戻る」としている。 ゴールドマン・サックスも同様で、デービッド・サロモンCEOは2月、リモート勤務は「ニューノーマル(新しい日常)ではない」と発言。「できるだけ早く修正していくべき例外的な状況だ」 一方で、もっと柔軟な対応をしている企業もあり、IT(情報技術)業界では特にその傾向が強い。マイクロソフトやフェイスブック、ツイッターでは、恒久的なリモート勤務も選択肢として認められている。 セールスフォース・ドットコムは従業員アンケートの結果を受け、週1~3日だけオフィスに出て、残りは在宅という勤務形態を多くの社員に認めることにした。自宅が職場から遠い場合はリモートワークをずっと続けることも可能だ。 「仕事に集中できる作業空間は今やオフィス内のデスクに限ったものではない」と、同社は公式ブログで述べている。 擦れ違う企業と従業員の思惑 だがコンサルティング大手プライスウォーターハウスクーパーズ(PwC)の調査では、労働者の半数以上(55%)が少なくとも週3日はリモートワークにしたいと答えたのに対し、企業幹部の考えはだいぶ異なるようだ。相当に長い時間のリモートワークを認める用意があると答えたのは、4人に1人にすぎなかった。 「企業としては、社員が非効率な働き方をするリスクを減らすため常に目を光らせていたい」と語るのは、カーネギー・メロン大学経営大学院のアニータ・ウィリアムズ・ウーリー教授だ。「物理的に同じ場所にいれば共同作業がしやすくなり、技術革新も起こりやすくなるという考え方が関係していることもある」 各種調査によれば、労働者の大半はリモートワークのほうが生産性は上がると考えている。アラバマ大学バーミングハム校看護学部で働くシャンテイ・ウィリアムズ(34)もその1人だ。 コロナ禍でリモートワークになってからも、通常業務はもちろん、公衆衛生上の緊急事態がもたらした新しい仕事もきちんとこなしてきた自負がある。だが職場からは、昨年10月以降は週2日、この春からは週5日フルタイムの出勤が求められるようになった。通勤には車で片道1時間かかる。 ===== 子育て中の社員にとっては子供の世話をどうするかも出社勤務を迷う一因だ PETER TITMUSS-EDUCATION IMAGES-UNIVERSAL IMAGES GROUP/GETTY IMAGES 「オフィス勤務に戻すなんてばかげていると上司には言った。私がしっかり仕事していることは分かっているはず。夜の10時や11時に私からのメールが届いているんだから」 一方で企業幹部の約半数は、リモートワークで生産性が上がるとは考えていない。 バンク・オブ・アメリカのキャシー・ベサントCOO(最高執行責任者)兼CTO(最高技術責任者)はリモートワークの従業員は生産性が低く、ミスを起こしやすいことは自社のデータから明らかだと言う。ミスを見つけてくれる同僚がそばにいないのが理由の1つだ。 リモートワークは長時間労働につながるとの調査結果もあり、燃え尽き症候群も懸念される。昨年秋にマイクロソフトのサトヤ・ナデラCEOは、仕事と家庭生活の切れ目がなくなると「職場で寝ているような気分」になる可能性があると述べた。 リモートで生産性は上がるのか下がるのか リモートワークの生産性をめぐる議論は今に始まったものではない。リモート推進派がよく引き合いに出すのがスタンフォード大学のニコラス・ブルーム教授(経済学)らが14年に発表した論文。中国にあるコールセンターでリモートワークを導入したところ、生産性が13%向上し、離職率は半分になったというものだ。 だが反対派は、研究結果は共同作業が必要な職種には当てはまらず、「各人が独立して行うタイプの仕事は外注して、フリーランスの人にリモートでやってもらうべき」という点が明らかになっただけだと主張する。そうすればオフィスの経費も医療保険料などの諸費用も節約できる。 「セールスフォース・ドットコムのような会社がリモートワークを認める場合、オフィスを減らすのが前提ということが多い」と、ペンシルベニア大学経営大学院のピーター・カペリ教授は言う。 「企業側も不動産関連の経費節減効果が、リモートワークで生じ得る生産性や技術革新への打撃を上回るという結論に達するかもしれない。だが正直なところ、経営者もよく分かっていないと思う」 多くの労働者はリモートワークになったおかげで、家族や運動、心身の健康管理、趣味、場合によっては副業のためなど、柔軟に時間を使うことができるようになった。例えばアラバマ大学のウィリアムズは、1日2時間の通勤時間を副業である不動産業に回すことができた。 ===== 体温チェックを受けるバレーボール部の生徒 STAN GROSSFELD-THE BOSTON GLOBE/GETTY IMAGES ジョージア州アトランタのマーケティング部長であるヘザー・クープライダーは、毎朝の瞑想と散歩と朝食が習慣になった。慌ただしく出勤していた頃よりはるかに幸せで集中できているという。2人とも新たに手にした自由を失いたくないようだ。 一方で、リモートワークでは孤独感が強過ぎたり、家族がいたりするので、1週間のうち何日かは出社勤務をしたいという社員もいる。若い社員は特に、社内の現場で企業文化を吸収したり先輩の助言を得たりすることを必要としている。 ウェイクフィールド・リサーチは昨年10月、労働者の90%が職場を恋しがっているとの調査結果を発表。特に友人やチームの仲間(47%)、休憩中の雑談(31%)、福利厚生の無料ランチ・軽食(36%)などが恋しいようだ。 ハイブリッドな解決策を模索 希望する出社日数は個人差が大きく、管理職はその調整に頭が痛い。PwCが昨年11~12月に実施した調査では、1週間のうち5日はリモート勤務を希望する社員は29%、2~3日が35%、4日が10%、1日が10%。フルに出社したいと回答した人は8%だった。 希望が通らなかったらどうするのか。リモートワークを一切認めない企業では働かない──全体の54%の社員がそう考えていることが、今年2月に実施されたハリス社の世論調査で明らかになった。 しかし、リモート勤務が多くなり過ぎるとリスクもあると専門家は指摘する。出社勤務する人に比べて軽視される、重要な決定に加われない、昇進回数が減る、職場での人間関係がうまくいかない、長時間働いても評価されない、などだ。 上司から出社勤務を命じられたら、ほとんどの場合、パンデミックの最中であろうと法的には拒否しづらい。雇用機会均等委員会(EEOC)は昨年6月に企業向けのガイドラインを更新。従業員は特別な事情がない限り、新型コロナに感染するのが怖いという理由で出社勤務を拒否することはできないとしている。 それでも米国身体障害者法(または病気の家族の世話をする場合は育児介護休業法)の対象となる状況であれば、リモートワークを希望することはできる。連邦法および州法では、雇用主はフェイスマスクの義務付けなど適切な安全対策を講じなければならない。 家で子供の面倒を見るのは従業員の責任で、コロナ禍で有償の保育サービスが利用できなくても、昨年3月に制定された家族ファースト新型コロナウイルス対策法により、最大12週間の有給休暇(1日200ドルまで)を取得できる。 ===== バンク・オブ・アメリカのベサント(上)やマイクロソフトのナデラ(下)らは生産性低下や長時間勤務といったリモートワークのリスクを指摘する MICHAEL NAGLE-BLOOMBERG-GETTY IMAGES, JEENAH MOON-BLOOMBERG/GETTY IMAGES 公衆衛生上の緊急事態の中でスタッフを管理するのは企業にとって大変な難題だ。リモートワークと出社のスケジュールを調整して、従業員のさまざまなニーズに対応し、同席する必要のある社員の出社日時を合わせると同時に、リモートの社員もチームの大切な一員だと感じられるようにしなければならない。 これに対応できる企業は人材獲得競争で明らかに優位に立つと、デロイトコンサルティングのダン・ヘルフリッチCEOは言う。実際、同社はテレビ会議アプリZoomを使い、リモートか対面かについて社員の意見を聞いている。 「社員の権限を拡大し、彼らを信頼してチーム内の多様な意見を検討し、それらに対応していく組織が勝つ」 調査結果もそれを裏付けているようだ。フォーチュン誌が選ぶ米主要企業1000社の社員を対象とする世界規模の調査で、職場が好きな社員はそうでない社員に比べて、優れた業績を上げる可能性が4倍高いことが分かった。 調査を実施したベストプラクティス・インスティテュートの創設者でCEOのルイス・カーターは「社員の幸福度と生産性との強い結び付きを示す資料が数多くある」と指摘する。 ワクチン接種が加速するにつれ、企業は出社勤務の方針策定に忙しくしている。健康リスクが下がることを前提に、かつ、ウイルスの変異株と人々の無謀な振る舞いが第4波を招かないことも願いながら──。 他企業との探り合いが続く 一部の企業は、ヘルフリッチが社員に約束する「皆さんの幸福のほうがデロイトの幸福より重要」を指針としている。 逆に、バンク・オブ・アメリカのベサントと見解を同じくする企業もある。彼女は、リモート勤務に関しては「多くの人のニーズが個人の欲望に勝る。企業全体としての役割が当社の選択を左右するべきだ」と、米フォーブス誌に語った。 今のところ「企業は互いに探り合っている。どこが最初に出社勤務に踏み切り、どんな悪評が立つか。他社がすぐ後に続くかどうかは、その結果次第だ」と、ペンシルベニア大学経営大学院のカペリは言う。 シングルファーザーのヒッキーや一部の同僚のように、安全な状況になるまで出社勤務を待ってほしいと願う社員は、自分たちの訴えに上司が耳を傾けてくれることを祈るしかない。 「上司は、そういう要望が高まっているのでもう一度見直す必要があるかもしれない、とほのめかしてはいる。今のところ私の頼みの綱はそれだけだ。上司のご機嫌次第でどうなるか分からない」 言い換えれば、企業側が極めて有利ということだ。職場で激しい議論が続くなか、協力的でない社員がいたら、代わりはいくらでもいる。
Source:Newsweek
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