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橋本愛さん「個人の人生を犠牲にしてきた分、取り戻す必要ある」映画界のハラスメントや過酷な労働環境に言及
俳優の橋本愛さんが10月31日、都内で開催中の第35回東京国際映画祭で是枝裕和監督とトークセッションを行った。
トークでは、日本の映画業界のハラスメントや労働環境の問題についても積極的な議論が行われた。橋本さんは、映画業界の変化の気運が高まる中で「微力ではあるけれど、声をあげることが、自分にできる行動のひとつ」だと考えたという。
自らの経験も交えながら、「(映画を作る過程において)今まで個人の人生と時間を犠牲にしてきた分をちょっとずつ取り戻していく必要がある。安心できる環境があれば、自分の表現にも向き合えると思う」などと語った。
橋本愛さん「 休息と仕事のバランスが均衡になれば、パフォーマンスの精度もあがる」
トークショーは、東京国際映画祭と国際交流基金(JF)の共催プログラムの一環である「交流ラウンジ」として開催。橋本さんは2年連続で同映画祭のアンバサダーを務めている。
開催前の9月に行われた記者会見で、橋本さんは映画界のハラスメントや労働環境、また日本の性的マイノリティをめぐる人権問題などにも言及。「日本では同性婚が認められておらず、LGBTQへの理解が浅い」などと指摘した上で、「こぼれ落ちてしまう人たちがたくさんいる。そうした人々の悲しみや苦しみに寄り添って作るのが映画であり、芸術ではないか」などと語った。この表明は、SNS上で多くの反響が寄せられていた。
31日の是枝監督とのトークセッションでは、映画祭のアンバサダーという役割を「俳優という撮影現場に参加する者として、自分の気持ちや意見を発信する場にしたいと思って取り組んだ」と明かした。
記者会見で意見を表明をすることは「すごく緊張した」と語った一方で、好意的な反応が多く寄せられたことで、「有意義なものになったと感じられた」と振り返った。
「日本全体、世界全体で変わっていかなければいけないという意識が高まっている。微力ではあるけれど、自分の声がそこに加担することは、自分にできる行動のひとつ。多くの反応があり、声をあげ続けることの重要性を感じ取ってくださった方が多くいたと思いました」(橋本さん)
橋本さんは、「俳優」という立場から改善してほしいことを是枝監督から聞かれると「撮影時間が短くなること」をあげた。
「夢のような話かもしれないですが、睡眠・休息と仕事のバランスがもう少し均衡になれば、パフォーマンスやアウトプットの精度もあがるのでは。
自分よりスタッフさんのほうが長く働いていて、撮影が続くにつれ生気を失っていっているように見受けられることもあります。十分な休みをとって新たな気持ちで撮影にのぞめたら現場の効率もよくなるのではないでしょうか」(橋本さん)
是枝監督「幻想や精神論に頼っていてはいけない」
是枝さんは橋本さんの話を受け、「とにかく改革をしていかなければいけないし、(自分には)その責任もある」とコメント。
長時間労働については、監督という立場から、「監督は、こんなに休んでモチベーションを維持できるか、撮影がシーンの途中で終わってしまったけど休みに入って大丈夫なのだろうかと最初は不安になる」と告白。しかし、十分な休息のある撮影を行った時に「(休みを経て)新たに撮影が始まる時に効率があがる」と実感し、「幻想や精神論に頼っていてはいけない」と強く考えるようになったと振り返った。
是枝監督は、最新作『ベイビー・ブローカー』で韓国の現地スタッフとの撮影を経験した。「世代交代がどんどん進んでいて、(現在60歳の)自分と同世代で現場に立っている人はほとんどいない」環境だったという。
是枝監督が橋本さんに「上の世代に感じている違和感はあるか?変えてほしいことはあるか?」と尋ねると、橋本さんは「世代一つで括れるわけではない」とした上でこう答えた。
「是枝さんなどの監督は、今必要とされている変化にすごく目を向けてくださっていて安心しています。逆にいうと、そうじゃない人への違和感があります。
(社会が)変わり続けていく中で、変わらないものを大事にする気持ちを否定したくはない。けれど、それによって誰にしわ寄せがきて、誰がこぼれ落ちてしまっているのか。その声を聞いていないのか、聞いているけど無視しているのか──。この業界に限らず、変わり続けることはとても大事だと思います」(橋本さん)
是枝さんは自身の経験も交えながら、「成功体験があるとそこから離れられなくなる。映画の撮影現場は特殊な閉鎖空間になりがち」だと指摘した。
「環境が整っていない人が声をあげるのは難しい」
日本の映画業界はジェンダー格差が大きいことが近年問題視されている。教育の場から制作現場、そして著名な映画賞に至るまで、その多くで男性中心的な傾向が明らかになっている。
トークでは、映画界では、女性が働く環境が十分に整っていないことにも話が及んだ。
橋本さんは子育てをする女性の俳優から「子どものお世話があるから何時までに帰らせてほしい、という約束を現場で守ってくれなかった」という話を聞いたといい、「その時間を保護していくのはとても大事だと思う」と語った。
「一方で、私自身は、みなさんが手厚くケアしてくれる環境にいるなと受け止めています。だからこそ、そうでない人たちに目を配りたいなと日々考えています。
たとえば撮影現場で、スタッフさんが私以外の人への態度が明らかに違うなと思うことも。環境が整っていない人が声をあげるのはとても難しいこと。恵まれた部分があるからこそ、それを社会に還元していかなければいけないと思っています」(橋本さん)
橋本さんが、こうした映画界や社会の問題を考え、表明するようになったのは、この数年の間で起きた変化だという。
「最初はお芝居のことしか頭になくて、他のことは見えてなかった。けれど少し余裕ができて、こういうことを発信できるようになったんだと思います」(橋本さん)
映画界のハラスメントや性暴力、過酷な労働環境については、業界内外から改善を求める声が強くあがっている。
橋本さんは「今は過度期だと思う」として、「映画を大事にしたいという気持ちはみんなが共通して持っている。そこに対して、今まで個人の人生と時間を犠牲にしてきた分をちょっとずつ取り戻していく必要がある。安心できる環境があれば、自分の表現にも向き合えると思う」と話した。
東京国際映画祭は、日本で唯一の国際映画製作者連盟公認の映画祭だ。映画上映のほか、海外の監督を招いて、映画作りや労働環境、ジェンダーギャップについて議論をするトークセッションなども行ってきた。
橋本さんはコロナ禍で「日本において、文化芸術の立ち位置が弱いと実感することが多かった」という。
「東京国際映画祭という場所が保護されて、成長していくことが大事だと思う。文化や芸術が、人々の心や生活にとって重要なものだという意識を高めていけたら」とも呼びかけた。
Source: HuffPost