2021
06.17

国民の不安も科学的な提言も無視…パンデミック五輪に猛進する日本を世界はこう見る

国際ニュースまとめ

<IOCにノーと言えない日本政府に、関係者を満足させたいだけのIOC。「安心・安全」と繰り返されても安心はできない> 東京五輪まで2カ月に迫った5月19日、「開催を実現することに集中すべき」とIOC(国際オリンピック委員会)のトーマス・バッハ会長は会議で強調した。大会の是非の議論はしない、開催すると決定したのだからという意味だ。 だが6月20日まで再延長された緊急事態宣言下で、来日すらできずにいるバッハは現実を見ていない。日本の国民が感じていることを理解するため、彼に見に行ってほしい所はたくさんある。 例えば立川駅のそばにある立川相互病院。5月初旬、こう書かれた紙が窓に張り出されて話題になった。「医療は限界 五輪やめて!」「もうカンベン オリンピックむり!」 「病院長のアイデアだ。たくさんの重症者を受け入れた公立病院の職員は公務員だから、こんなことはできない。うちは民間の病院だからできる」と、同病院の看護師は説明する。 病院の前を通ってびっくりしたという50代の地元女性は「政府と医療従事者の考え方にこんなにもギャップがある。自分たちの声が届かないから、建物に書くしかなかったのだろう」と、窓を見ながら言った。 聖火リレーは海外のマスコミも無視 主催者側には開催が近づくほど、五輪を支持する国民が増えるという思い込みがある。3月25日に福島県にあるJヴィレッジから聖火リレーが出発したとき、いよいよ本格的に始まったと関係者は感じたはずだ。だが実際は無観客で、全く盛り上がらなかった。「復興五輪」と名付けて、福島県のいくつかの市町村で聖火ランナーが走ったが、誰のために、何の目的で聖火リレーをするのか? そう思わずにいられなかったのが、東京電力福島第一原子力発電所が立地する福島県双葉町でのリレーだ。この町には事故以降、誰も住んでいない。いまだに全住民の避難が続いているからだ。建て替えられたJR双葉駅から200メートル離れた所には、10年前から無人状態のボロボロの住宅や病院がある。カメラがその悲しい背景を撮影しないように、リレーのランナーは双葉駅前だけを500メートルぐるぐると回った。 駅前にいた地元の70代女性は「見に来たわけではない。たまたま家の解体についての打ち合わせがあったから」と言う。多くの県で予定どおりに実施できていない聖火リレーについては、地元のマスコミを除いて、報道はほとんどされていない。海外のマスコミもほぼ無視している。 五輪本番が近づいた今、復興五輪とはあまり言われなくなった。代わりにキャッチフレーズになったのが「安心・安全な大会」。ただ、その安全を保証するのは無理がある。 ===== 五輪開催に反対する声は政府に届かない(立川相互病院) YUSUKE MAEKAWA-NEWSWEEK JAPAN 「今回のオリンピックはやらないほうがいいと思うので、協力しない。少なくとも僕の周りの人たちは、なぜオリンピックをやるのかという疑問を持っている人がほとんどだ」と、横須賀にある民間病院の病院長は言う。「東京に来ないでくださいとまで言っているのに、なんで世界から人を集めるの? もうちょっと一貫した議論をやってほしかった」 東京五輪の是非についての議論が全くないことは、海外から見れば大変な驚きだ。 本誌のインタビューに応じた山口香JOC(日本オリンピック委員会)理事はこう分析する。「政府や五輪組織委員会、JOCからはこれまで一度も、もしかしたらできないかもしれないという話が出たことはない。それはパリ行きの飛行機がいったん飛んだら、パリに着陸することだけを考えろというようなもので、途中で何かあっても、違う所に降りたり、引き返したりすることはないというマインドでいる。だから国民は不安なんですよ」 IOCに現状が伝わらず? 筆者が東京都や福島、大阪、長野、群馬の各県で数十人の一般人を取材したところ、東京五輪をやってもいいと答える人は1割以下だった。「いろいろな心配があるからやめたほうがいい、無理」と高齢者は強調し、若者も「普通にレストランにも行けないのに、なぜオリンピックだけOKなのか」といった意見がほとんどだ。東京五輪反対のデモ活動の参加者は多くない。でもその理由は、「コロナ禍でデモをするのはおかしい」という考えからだろう。 しかし7~8割の国民が東京五輪の「中止」や「再延期」を求めても、政府の立場は変わらない。上から目線のIOCにノーと言えない日本政府。アスリート、スポンサー、マスコミや他の関係者を満足させることが目的のIOC。「日本に対するIOCの姿勢があまりにもひど過ぎる。将来オリンピックを開催したいと思う国がどれぐらいあるだろうか?」と、フランスの雑誌記者のマチューは筆者に語った。 この状況は、日本の態度にも一因があるのかもしれない。「日本人は何かを頼まれたときに、できないと分かっていても『善処します』『頑張ってみます』と曖昧な答えをする。日本側が『なんとか頑張ります』と言えば、IOC側は『できる』と捉える。だからIOCとしては、『組織委員会や日本政府が大丈夫だと言っているのに、なぜ国民は怒っているのか?』と不思議に思っているのではないか」と、山口は言う。 ===== 盛り上がらなかった双葉町での聖火リレー KIM KYUNG-HOON-REUTERS では、新型コロナのパンデミック(世界的大流行)という状況の中で「安心・安全の大会を実現することは可能だ」と政府はなぜ判断したのか。どんな議論で、どんなプロセスで「開催できる」との結論にIOCら主催者は至ったのか。残念ながら、そのあたりはよく分からない。 山口は「IOCには欧米の方が多いので、日本の感染者を見て、状況はコントロールされていると感じていると思う」と推測する。「実際には、コロナ患者を受け入れられる病院は少ないし、若い人でも入院できず自宅で亡くなるケースが少なからずある状況だ。『また感染が拡大したら医療現場は大変なことになる』と日本人は心配しているが、たぶん、そのことを日本側がIOCにうまく伝えていないんだと思う」 確かに海外では、日本の感染状況や医療現場の様子はあまり理解されていない。なぜなら、日本での1日の新規感染者が平均5000人に上ったとしても、欧米の国よりまだ少ないからだ。フランスでは落ち着いたと言える状況になった5月でも、まだ1日で1万~1万5000人の新規感染者が報告されていた。 五輪関係者と国民の「格差」 重症者数も、日本は最多の日でも1500人にならなかったが、フランスでは「ようやく少なくなった」とラジオ出演した医師が語った頃でも3000人ほどがICU(集中治療室)にいた。 おそらくIOCの幹部は、欧米のように日本でも、誰でもどこでもいつでも、無料でPCR検査を受けられると思っている。残念なことに実際はそうではない。そして日本国民を安心させるために、IOCと政府が五輪関係者へのPCR検査を増やし、ワクチン接種を積極的に進めようと対策を強化すればするほど、国民に提供される感染防止対策との格差が広がってしまう。 IOCは感染対策を重視しているとはいえ、それは優先的に選手を守る内容だ。日本のボランティアたちのPCR検査をするかしないかの判断基準は、「選手と接触機会があるかどうか」。選手に近づかないボランティアにPCR検査は不要という結論だ。 だが政府が「国民の命と健康を守っていく」という言葉を守るなら、全てのボランティアにも何度も徹底的に、PCR検査をすると決めるべきだった。 また、政府や組織委員会が国民を安心させるために言っていることは、現実と大きく異なる可能性が高い。例えば、「外国からの報道陣は一般人と接触しない」という点はどうか。 ===== 来日一番乗りはオーストラリア選手団 BEHROUZ MEHRI-POOL-REUTERS 五輪を取材する日本在住の記者は、来日したばかりの外国人記者とメディアセンターで接触する。その後に公共交通機関で帰宅したり、買い物をしたり、保育園に子供を迎えに行く。つまり、一般人と外国報道陣は間接的に接触することになる。 「プレイブック」と呼ばれる感染防止策の手引書も、実効性が問われる項目が少なくない。例えば報道関係者の間の密を避けることは、現実的には難しい。 6月1日にオーストラリアの女子ソフトボール選手団が群馬県太田市に到着した際には、狭い場所に数十人のカメラマンや記者が集まった。筆者も現場にいたが、1人当たり70センチ四方程度のスペースしかなかった。だが記者は文句を言わないし、言えない。言えば自分の仕事ができなくなるからだ。 海外報道陣の行動制限は物理的に無理 来日する予定の8000人の海外報道陣は試合だけでなく、幅広いテーマについて取材するのが目的だ。「それは禁止だ、行動を監視する」と政府が強調しても、既に一部の海外記者は監視されないように戦略を考えている。例えば、記者はスマートフォンで自分の位置情報を政府に報告することが求められるが、それはあくまでスマホの位置情報だ。日本にスマホを2台持ってくれば大丈夫だと考えている記者もいる。 来日前に取材計画を提出するのも義務だが、日本にいない記者が一体どうやって細かい計画を立てることができるのか。8000人の記者の計画を誰がチェックして、許可を出すのか。物理的に可能なのか。結局、記者を含めて来日する7万8000人に外せないGPS電子タグを着けさせない限り監視は無理だろう。 そもそも日本政府は開催反対、または抵抗を示す専門家の意見を軽視しがちだ。政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は国会の専門委員会で何度も、大会開催が起こす感染リスクについて発言した。6月1日には「五輪をやれば、さらに医療に負担がかかるリスクがある」、2日には「今のパンデミックの状況で開催するのは、普通はない」と述べた。 しかし、こうした意見は政府や組織委員会に無視される。丸川珠代五輪相も「われわれはスポーツの持つ力を信じて今までやってきた。全く別の地平から見てきた言葉をそのまま言っても、なかなか通じづらい」と、尾身発言を片付けた。最近は政府や自民党から尾身への不満の声まで上がり始めている。 ===== 組織委員会の橋本 KIM KYUNG-HOON-REUTERS 「パンデミック下で開催することがすごい」という、もっと驚くべき発言も出始めた。平井卓也デジタル改革担当相は、5月23日に出演したテレビ番組でこう述べた。「パンデミック下でのオリンピックの開催というモデルを日本が初めてつくることができるのではないか」 東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の橋本聖子会長は6月4日の定例会見で大会の意義について聞かれ、「どのような対策を講ずれば開催できるのかを示せれば、今後の日本に世界の観光客を受け入れることに向けて、大きな前進が見られることになる。世界共通の課題を東京五輪が乗り越える姿、レガシーを見せることが東京大会の使命」などと語った。科学的な議論とは全く異なるロジックだ。 また橋本は「このような困難な時代だからこそ大会を開催し、分断された世界で絆の再生に貢献し、スポーツの力で世界を一つにすることが五輪の価値であると確信している。安心してお越し下さい。アスリートの皆さんの健康は組織委員会が必ず守り抜きます」とまで述べた。 東京五輪は科学より、宗教的信念に近い言葉に支配されつつある。

Source:Newsweek
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