06.17
アメリカの制裁に「勝利」したベネズエラ…犠牲になったのは国民だけだった
<中国の手助けもあって、マドゥロ大統領の独裁政権にトランプ流の締め付けは効かなかった。今こそアメリカは政策転換を決断すべきだ> 2017年の夏、ベネズエラは近年では最大規模の政治的混乱の渦中にあった。政府に抗議する国民の街頭行動は100日を超え、権力を握るニコラス・マドゥロ大統領は容赦ない弾圧で対応した。 あの年だけで100人以上の反体制派市民が治安部隊に殺されたが、それでも民主主義が回復されるまで闘いは続く。そう思えた。 そんな状況で、発足したてのトランプ米政権は対ベネズエラ政策を大きく転換し、マドゥロ政権に対する厳しい経済制裁を発動した。抗議の民衆を支援するためであり、経済的な締め付けを強めれば政権は崩壊し、民主主義が勝つと信じたからだ。 それから4年。期待は裏切られた。マドゥロ政権の基盤は今までよりも盤石に見えるし、長年にわたる経済的・政治的抑圧で市民社会は修復不能なほどに破壊されている。国民の8割は極貧にあえぎ、およそ600万人が国外に脱出。国内では700万人以上が人道支援に頼っている。医薬品も家も、衛生設備も食料も足りない。一連の経済制裁は、むしろマドゥロ政権を強化したように見える。なぜか。 変化した制裁の目的 ベネズエラに対するアメリカの経済制裁は06年に始まった。当時のウゴ・チャベス政権による人権侵害や不正な資金洗浄、犯罪組織やテロ支援国家との関係が理由とされた。当時のアメリカは対テロ戦争を主導するブッシュ政権の時代。テロリストに甘いチャベス政権に対し、アメリカは武器の輸出を禁じた。 しかし露骨にベネズエラの体制転覆を目指すようになったのは、トランプ政権が「最大限の圧力」政策を打ち出してからだ。ベネズエラでは既にチャベスが死去し、後継者のマドゥロが権力の座に就いていた。制裁を強化すれば権力基盤を切り崩せる、とトランプ政権は考えた。制裁で資金や物資の供給を断てば、マドゥロ政権を支える主要な勢力(政財界の一部と軍の上層部、そしてロシアや中国など)も離れていく。そんな計算だった。 こういう考え方は昔からあるが、その実効性には多くの政治学者が疑問を投げ掛けている。それでもトランプ政権は、これでベネズエラに民主主義をもたらせると信じた。 マドゥロ失脚を目指す制裁には3種類あった。まずは17年8月に発動した広範な経済制裁。ベネズエラ政府がアメリカの金融システムを利用することを禁じた。 従来、ベネズエラ政府と国営ベネズエラ石油公社(PDVSA)は債券市場を通じてアメリカの金融機関を利用できた。例えば17年前半には、ゴールドマン・サックスがPDVSAの社債28億ドルを購入して資金を提供していた。 ===== スラム街で慈善団体が支給する食料を受け取るために並ぶ人々 MANAURE QUINTERO-REUTERS そして19 年には、米国内にあるベネズエラ政府の銀行口座を凍結。さらに全ての米企業に対し、(財務省の認可がない限り)ベネズエラ政府系企業との取引を禁じた。トランプ政権による制裁の2つ目は石油産業に照準を定め、PDVSAを狙い撃ちするものだった。財務省は19年に米国内にあるPDVSA資産を全て凍結した。アメリカの企業・団体がPDVSAと取引することも禁じた。 最終的には、国内外を問わず全ての企業にPDVSAとの取引を禁止。こうした制裁の結果、18年12月に日量約150万バレルあったPDVSAの原油輸出量は、昨年6月には日量約39万バレルと、過去およそ70年で最低の水準まで下落していた。 制裁の3つ目は個人を対象とするもので、マドゥロ政権関係者の口座と資産を片っ端から凍結した。個人に対する制裁は以前からあったが、その範囲を大幅に拡大。トランプ退任の時期までには、ベネズエラ人とマドゥロ政権に関与する外国人合わせて160人以上が制裁の対象となった。 しかし、一連の制裁に政治的な効果はなかった。マドゥロは依然として権力の座を維持している。大規模な抗議行動に直面していた4年前に比べて、その権力基盤は強化されたように思える。度重なる制裁に、マドゥロが巧みに適応してきたからだ。 富裕層に利益を提供 ベネズエラの自称「社会主義」政権は当初から石油の輸出に依存し、その収入を貧困層向けの福祉政策に振り向ける一方、富裕層に対しては恣意的な補助金制度を設けるなどして、国内の主要な利益団体を抱き込んできた。 例えば03年に導入された通貨管理制度だ。これで為替の公定レートと闇レートは大きく乖離したが、PDVSAの豊富な資金をつぎ込むことで公定レートは維持された。結果的に、これが腐敗の温床となる一方、毎年200億ドル以上の資金が国外へ流出する事態を招いた。 そうであれば、原油安や石油の輸出減はマドゥロ政権にとって存続の危機を意味するはずだ。しかしマドゥロは、富裕層を手なずけるために別の収入源を見つけてきた。米司法省によると、マドゥロが取った方法の1つは、違法な採掘から麻薬密売までのさまざまな違法ビジネスに政府が手を出すことだった。同時に追求したのが、いわゆる「ソビエト方式」の民営化だ。つまりサービス産業から石油部門までベネズエラ経済の一部を開放し、政権に協力的な富裕層に新たなビジネスチャンスを与え、彼らを「政商」化する作戦だ。 PDVSAそのものがこのプロセスに含まれる。エネルギー関連ニュース専門のS&Pグローバル・プラッツによると、マドゥロ政権は現在「国の石油事業を開放するために民間の国内および国際資本を求めている」という。 一方でマドゥロは、生産や流通に関する割当制度から恣意的な価格統制までの複雑怪奇な市場規制を緩めている。おかげで新興の「政商」たちは、マドゥロ政権が何年も前に収用した事業を無償で譲り受け、好きなように稼げることになった。 ===== マドゥロが統制の手を緩めたのは、トランプ政権による制裁の副産物かもしれない。だが持続的で健全な経済の再生をもたらし得るのは真の市場改革だけで、一部の政商への利益供与ではない。 マドゥロ政権は新たな収入源を見つけることに加えて、アメリカの制裁を出し抜く方法で権力を強化した。その方法とは、アメリカの金融システムの外で経済活動を行うこと。すなわち、アメリカの制裁回避にたけた専制国家との関係強化だった。 アメリカがPDVSAとの取引を世界中で禁止したことで、ベネズエラの石油輸出は断たれ、国内は慢性的な燃料不足に陥り、経済は一段と疲弊した。 そこでマドゥロ政権が助けを求めたのはイラン政府だ。イランは、PDVSAの原油生産量激減による燃料不足を救うため、ガソリンをベネズエラにひそかに送り込んだ。船の信号自動送受信装置のスイッチを切り、アフリカ東部の「アフリカの角」経由で輸送すれば監視の目をかいくぐれる。その見返りにマドゥロ政権はイランにPDVSAの製油所の管理を委ね、イランがベネズエラ経済全体に深く関与する道を開いた。 中国の幽霊会社も関与 マドゥロは中国政府とも手を結んだ。中国は現在、ベネズエラの原油の大半を購入しているが、取引は実態も所有者も不明な幽霊会社を通じて行われている。こうした会社が船籍不明のタンカーを借り、やはり「アフリカの角」経由で原油を運ぶ。 中国の関与は昨年下半期に始まったばかりだが、PDVSAの内部資料によると、中国は既にPDVSAの全輸出量の4分の3を購入している。今年2月には、中国はベネズエラから日量約50万バレルの原油を購入したが、同月のベネズエラの原油輸出量は日量70万バレルに増加。過去1年で最高水準を記録した。 マドゥロがうまく立ち回ってきたことを考えれば、彼の政権はこれからもアメリカの経済制裁の影響を日ごとに弱めていくと予想される。 ちなみにイランの原油輸出は、18年5月にアメリカが制裁を発動した直後に激減した。しかし昨年2月に日量60万バレルだった原油販売量は、今年2月には170万バレルにまで回復している。その大半を占める日量約100万バレルを買っているのは中国だ。 そろそろジョー・バイデン米大統領は決断すべきだ。もうすぐ政権発足から半年、アメリカは今後もトランプ時代の不毛な制裁を続けるのか(続けてもマドゥロ政権の転覆は見込めないし、むしろ反米プロパガンダを勢いづかせ、ベネズエラをますます全体主義国家に接近させる)。 それとも制裁の戦略的利用に舵を切るのか。つまり制裁発動で終わりにせず、制裁をマドゥロ政権との人権や経済活動の自由に関する交渉のてこにする方向だ。そうすればベネズエラ国民の権利回復に役立つかもしれない。 そうしてほしい。さもないとベネズエラの危機は深刻化する一方で、地域全体の不安定化につながりかねない。 From Foreign Policy Magazine
Source:Newsweek
アメリカの制裁に「勝利」したベネズエラ…犠牲になったのは国民だけだった