2022
09.13

BTSに学ぶ、メンタルヘルスとの向き合い方。ケアを大切にする彼らは「自分自身を語ろう」と呼びかける

国際ニュースまとめ

BTSBTS

9月10日~16日の「自殺予防週間」にあわせて、ハフポスト日本版で反響の大きかった記事を紹介しています。(初出:2021年10月10日、一部加筆)

新型コロナによるメンタルヘルスへの影響は世界的に問題になっている。ユニセフの発表では、子どもや若者は今後何年にもわたりその影響を受け続ける可能性が指摘されている。

日本でも、俳優やアーティストのメンタル不調の公表や自殺が続き、芸能・芸術に従事する人々のメンタルヘルスケアの重要性を訴える声もあがっている。メンタルヘルスを個人の自己管理の問題とするのではなく、所属事務所や業界団体などによるケアや相談窓口の整備など、サポート体制の構築が欠かせない。

今世界で最も注目されるスターBTSは、事務所が新人時代からメンタルヘルスの教育を行ってきたという。メンバーも自身のメンタルヘルスの問題について発信することも多く、2021年9月に行われた国連のスピーチは、特に10〜20代の若者に寄り添い、未来の希望を訴えるものだった。

韓国芸能界の動きや所属事務所HYBE(旧社名Big Hit Entertainment)の取り組み、そしてBTSがメンタルヘルスの問題についてどう語ってきたのか、振り返りたい。

「人間としても幸福でいられる環境を」

2017〜2019年にかけて、韓国の人気アイドルの自殺が相次いだ。それ以前からうつ状態やパニック障害などが原因で、活動休止や引退するケースもみられる。

特に2019年、元KARAのク・ハラさんの死は、韓国の芸能界に大きな衝撃を与えた。年が明けた2020年1月、BTSのプロデューサーでHYBE創業者のパン・シヒョク氏は、音楽アワードの受賞スピーチで、「昨年は悲しく、胸が張り裂けるような瞬間もたくさんあった。私はプロデューサーとして、より良い環境を生み出すための責任があると感じました」と語り、こう続けた。

業界の人々、ファン、メディアは、私たちの愛するアーティストが、アーティストとしてだけではなく人間としても幸福でいられる環境を作るために、もっと努力する必要があります

韓国の一部の大手芸能事務所は、社内カウンセラーを雇っていると言われている。中でもBTSの事務所では、彼らが本格的に人気になる前の新人時代からメンタルケアに力を入れてきたという。2019年に韓国メディアは、その支援体制は「業界のロールモデルに値する」と報じた。  

同記事では、芸能関係者の話として、「一般的な事務所はアーティストが人気を得たあとになってメンタルケアに配慮し始めるが、Big Hitは違う」と伝えている。新人時代からケアを行い、カウンセリングに慣れていれば、スターになってからも心理的な問題を打ち明けやすくなるが、一方でスターになってからケアを始めると、拒否感を抱く場合もあるという。 

HYBEの関係者は「内部のことは開示しない」と答えているというが、パン氏は同年のTIMEのインタビューで、デビュー前の練習生には、SNSとの付き合い方などを含めた「アーティストとしての生活」についての教育に時間をかけ、事務所とアーティストが相談しやすい状況を作っていると明かしている。

また2019年には、BTSが2013年のデビュー以来初の1カ月の長期休暇を取得。発表では、休暇は「再充電する期間になる」とし、「短期間ではあるものの、20代の若者として普通の生活を楽しむチャンスでもある」と説明された。

韓国のアイドルは多忙であることで知られるが、当時すでに海外ツアーを行うなど人気のあったBTSが公式に長期休暇を発表したのは異例のことだった(ただし、1カ月の休養は短く不十分ではないかという意見もあった)。

コロナ禍も休むことなく活動してきたBTSは、2021年12月には2度目の長期休暇もとった。その後2022年6月には「ソロ活動に専念する」とも発表。リーダーのRMが、自らが身を置くアイドルシステムに対して「成長するための時間を与えられない」と問題提起したことも話題になった。

グループとして走り続けるより、「メンバーそれぞれの成長」を優先するーーそう表明した7人は、以降はそれぞれのペースと好奇心でもって音楽と向き合っている。

『LOVE YOURSELF』のメッセージ

こうした事務所の取り組みもあってか、BTSは楽曲やメディアを通して自身のメンタルヘルスの問題について比較的オープンに発信し、その姿勢が支持を広げる理由の一つにもなっている。パン氏も前述のインタビューで、BTSの成功と独自性を生んだ要因として、「今の世代が感じる痛みについて話すことにためらいがない」ことをあげている。

この数年で「セルフケア」や「セルフラブ」が注目を集め、自分を労わり慈しむことの大切さを訴える動きがあるが、BTSはデビュー以来一貫してそうしたメッセージを発信してきた。

2017年から発表した『LOVE YOURSELF』シリーズ3部作では、その名の通り、自分を愛することをテーマにした。2018年の国連のスピーチで、リーダーのRMは楽曲『Answer: Love Myself』を取り上げ、かつて自分を押し殺して「幽霊のように」なったことや過去の失敗を語り、「本当の愛は自分を愛することから始まる」と訴えた。

SUGAが語った「男らしさ」とメンタルヘルス

アメリカの研究機関の発表によると、「『男らしさ』に固執する男性は、メンタルヘルスの問題を抱えやすい」という。「男性は泣いてはいけない。弱さを見せてはいけない」などのジェンダー規範を男性に押し付け、それに背く人を排斥しようとする動きは男性自身を苦しめるとして、「トキシック・マスキュリニティ(有害な男らしさ)」が今広く問題視されている。

作詞作曲を担当することが多いSUGAは、「男らしさ」とメンタルヘルスを関連づけ、こう語っている

男らしさというものを、特定の感情や特性によって定義する文化がありますが、ぼくはそういった表現が好きではありません

男らしいって、一体どういう意味なのでしょう?(中略)多くの人は、『弱い人間だ』と思われたくないがために、弱っていても大丈夫なふりをしてしまう。それは間違っていると思います。体調が悪くても、誰もあなたのことを弱い人間だとは思いません。メンタルのコンディションについても、そうあるべきではないでしょうか。社会はもっと理解を示すべきです

自身もうつ病に苦しみ治療を受けていたSUGAは、「影響力のあるアーティストや芸能人が、メンタルヘルスの問題についてもっとオープンに話し合うべきではないか」との考えも明かしている。心理学や哲学も学ぶSUGAの目標は、心理カウンセラーの資格を取ることだ。

国連総会でスピーチしたSUGA(中央)、JIN(右)、V(左)(2021年9月20日撮影)国連総会でスピーチしたSUGA(中央)、JIN(右)、V(左)(2021年9月20日撮影)

『Dynamite』全米1位の裏側にあったJINの告白

世界中から注目を集めるBTSにのしかかるプレッシャーは計り知れない。ネットには悪質な書き込みも多く、誹謗中傷や名誉毀損などに対し事務所は厳しい法的措置を講じてきた。また、コロナ禍でワールドツアーが中止になるなど、活動を制限せざるをえなくなったこともメンバーを苦しめた。

JINは2020年12月の誕生日にソロ曲『Abyss』を発表するとともに、自身の不安定な精神状況について告白した。『Dynamite』がビルボードチャートで1位をとり、多くの人に祝福されると、「実際僕よりもっとずっと音楽を愛していて、上手な方もたくさんいるのに、僕がこんな喜びと祝福を受けてもいいのだろうか」と不安を感じ、「心が苦しくなって、何もかもやめてしまいたく」なったという。

バーンアウト(燃え尽き症候群)のような状態に陥り、JINはカウンセリングを受けた。プロデューサーのパン氏にも話したところ、曲にすることを勧められ生まれたのが『Abyss』だった。

国連総会でスピーチしたBTS(2021年9月20日撮影)国連総会でスピーチしたBTS(2021年9月20日撮影)

BTSはメンタルヘルスの問題を、自分たちの問題として語るだけではなく、ARMY(BTSのファンの愛称)に対しても分かち合い「自分自身を語ろう」と呼びかける。2021年9月の国連でのスピーチの時には、その準備のため、SNSで「#YouthToday」「#YourStories」といったハッシュタグを用いて、自分の物語を共有してほしいと呼びかけた。国連の舞台で、自分たちの思いを語るだけではなく、そのハッシュタグのもとに集まった声、特に若い世代の声を世界に発信した。

RMはかつてライブで「僕を、BTSを利用して、自分自身を愛してください。皆さんが僕に自分自身を愛する方法を教えてくれたように」と語ったことがある。音楽を通して自己を開示し、他者の声に耳を傾け、会話をはじめようとする姿勢は、BTSが伝えるメッセージの一つの核になっていると感じる。 

韓国政府も、芸能人のメンタルヘルスケアに取り組む

コロナ禍で、メンタルヘルスの問題はより深刻さを増している。BTSがコロナの影響を受けながら制作したアルバム『BE』は、韓国内でメンタルヘルスケアの観点から評価する声もあがっている。

韓国における自殺率はOECD加盟国の中で最も高い。2020年の自殺者数は1万3000人を超え、中でも10〜20代の自殺が増えている。

韓国政府は2021年9月、自殺予防策の一つとして、芸能人のメンタルヘルスケアに取り組む方針を示した。著名人が自殺で亡くなると、連日報道が続くために連鎖的に自殺が増える「ウェルテル効果」が指摘される。著名人の自殺とファンの模倣自殺を防ぐ狙いだ。

現地メディアによると、韓国コンテンツ振興院(KOCCA)が実施するカウンセリングの回数の増加やモバイルアプリを使った自己検診の導入のほか、文化芸術に特化したメンタルクリニックを運営し、生活資金を融資することで低所得者の支援も行うという。

(文=若田悠希 @yukiwkt /ハフポスト日本版)

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Source: HuffPost